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第21話、白銀の勇者伝説


「光の精」


 セラフィナが唱えると、淡い光を放つ球が具現化させた。真っ暗闇の坑道の中、光の魔法によって視界は何とか確保された。


「ユウラさんたち、無事でしょうか?」


 セラフィナが心配を口にする。慧太けいたは先頭を行きながら答えた。


「あの二人なら心配ない」


 天才と謳われた魔術師に、狐人の暗殺集団出身の戦闘狂のアサシン。付き合いは一年にも満たないが、二人の実力に疑いの余地はなかった。


「信頼しているのですね……」

「うん。頼もしい仲間だよ。そうだろ、アルフォンソ?」

『ええ、まったく。あの二人が窮地に陥る様というのは想像できませんね』


 慧太は真っ直ぐ伸びた道を行く。コウモリと思しき羽ばたきが時々聞こえるが、その姿が視界に入ることはない。向こうが避けているのかもしれない。

 太陽の光も届かない地の底。時間経過がまったくわからない。場所はグルント台地の地下、ということになるだろうが。

 どれくらい歩いたか。唐突に、セラフィナが声をかける。


「ケイタ、大丈夫ですか? 前衛を代わりましょうか?」

「え、あ――君は護衛対象だからな。危ない目には合わせられない」


 お姫様に失礼にならないように、やんわりとお断りする。この銀髪も麗しい少女は、ひとたび魔法の鎧をまとえば頼もしい戦乙女に代わる。それなりに戦えるのは間違いないが……。


「まだ先は長い。極力、疲れないように温存しておいたほうがいい」

「……そうですね」


 すっと、視線をそらされた。話はわかるけれど、あまり素直に受け入れたくないというか――それでも彼女は、個人的な感情を押さえ込んだのか、文句は言わなかった。


 生ぬるい空気が肌にまとわりつく。行けども続く坑道。果たしてどこに通じているのか。

 時間はわからないが、無理は禁物だ。休憩を提案すれば、セラフィナは頷いた。


 慧太は壁を背に座る。セラフィナは反対側の壁にもたれ、座り込む。どことなく遠く感じるのは、先ほどのやりとりの結果だろうか。膝を立て、両手で抱えるような姿勢の彼女。ひらりとしたスカートの中身は……見えません、念のため。


 ――何か、声をかけるべきなんだろうか……。


 慧太はじっと銀髪の少女を見つめる。その青い瞳は物憂げで、ここではないどこかを見つめているようだった。疲れたのかな、と思う。


「……私の顔に、何かついてます?」


 セラフィナがポツリと言った。見つめていたことを指摘され、慧太は顔をそらした。


「いや、別に……」


 つい、否定してしまった。せっかく会話のきっかけになったかもしれないフリを、自ら反射的に断ち切ってしまうとは。……気まずい。


『気になっていたのですが』


 アルフォンソは唐突だった。


『お姫様の持っている剣、大層な代物のようですが、さぞ名前のついた名剣なのでしょうね』


 あー、いきなりそれ聞きますか――慧太は思ったが、同時に、空気を読むことなく沈黙を破ってくれてありがとう、だ。片や美少女相手に困っていたところである。自分から生まれた分身体とは思えないファインプレイだ。


「これですか?」


 セラフィナは腰に下げていた銀剣を取った。その剣は光の球からの光に反射し、かすかに輝いて見える。


「アルゲナム王家に伝わる銀魔剣……『アルガ・ソラス』呼んでます」

「銀魔剣……」

「アルゲナムの白銀の勇者伝説はご存知ですよね?」


 いや知らないが――言いかけて、そういえばアジトで、ユウラとドラウト団長がそんな話をしていたような。


 ……。


 慧太のなかで、それが浮かんだ。アルゲナム国にある、白銀の勇者が巨大な魔獣に挑むタペストリー。そしていにしえより語り継がれる勇者の物語。

 黙りこんでしまった慧太の反応に、セラフィナは少し困った表情を浮かべた。……不覚にも悩ましげなお姫様の表情に可愛いと思った。


「魔人たちによる侵攻。人類の剣となり、戦ったアルゲナムの銀の勇者――」


 セラフィナは輝く銀聖剣を、感情のこもらない視線で見た。


「天上人より銀聖剣と銀の鎧を賜り、その力を以て魔人を暗黒大陸へと追い払った」

「ああ、そう……確かそうだった」

『ケイタ?』


 アルフォンソが不思議そうな目を向ける。


『知っていたのですか?』

「いま思い出した」


 あとで教えてやる、と慧太はあいまいに答えた。


「……それが、君のご先祖様?」

「ええ。アルゲナムの血筋は、白銀の勇者の血筋」


 誇るでもなく、ただ淡々とセラフィナは呟く。まるで、それが重みでもあるかのように。


 ――勇者、か。


 この世界に召喚された。『勇者』のひとりとして。生憎とそんな力はなく、同じく召喚された二十九名の同級生もろとも死んでしまった慧太。何とも言えない気分になる。


「勇者というより、北欧神話のワルキューレみたいだ」


 ボソリ、と思ったことを口にしていた。独り言のつもりだったが、きちんとセラフィナには聞こえた。


「ワルキューレ……?」

「あ? ああ……君の戦う姿がな。オレの知る神話に出てくる、神の戦士を連想させたんだ」

『ワルキューレ……ヴァルキリーとも言います。死んだ勇敢な戦士の魂を、主神のいる世界に運ぶ戦乙女です』


 アルフォンソが補足した。セラフィナは小さく笑みを浮かべた。苦笑に近かったが。


「その神話は私は知らないですね。……魂を運ぶ、か。まるで天使か、あるいは死神みたい」

『両極端ですね』


 アルフォンソは淡白だった。慧太は唇の端を吊り上げた。


「君なら、天使のほうだろう」

「……だと、いいんですけど」


 自嘲めいた響きを感じる。彼女の表情が優れないのは、何か気に掛かることがあったからだろう。天使と死神と口にしたセラフィナ。失われた故郷と民。


 ――悪いほうに感じ取ったかな、こりゃ。


 慧太は暗い雰囲気を察して、話を打ち切ることにした。


「アルフォンソ、斥候を出せ。そろそろ出発する」

『わかりました。ネズミでいいですか……?」


 地下洞窟内である。いつもの鷹型は使えない。一瞬、コウモリを、と思ったが、セラフィナ姫的に、それはどうなのかと思った。女の子が嫌いそうな……本当はそんなことは些細な問題なのだが、せっかくシェイプシフターは姿を変えられるのだから、そのあたりを考慮してもいいだろう。


「狐にしておけ」


 わかりました――そう頷いたアルフォンソの肩から、ふらっと子狐が現れる。例によって黒いのだが、それは彼の身体をつたって、ひょこひょこと地面の上に着地した。

 タッタッと駆けていく子狐型分身体を見やり、セラフィナは小さく微笑んだ。


「いままで見た中で一番可愛いですね」


 反応がよかった。少し元気になったような。可愛い小動物に触れると落ち着くとかいうが……。


「何なら触ってみるか?」

「え……?」

「アルフォンソ――」


 慧太が指示すれば、心得たものでアルフォンソは子狐をさらに三匹ほど分離した。セラフィナが目を丸くしている間に、子狐たちはトコトコと近づき、お姫様に戯れる。


 はじめはびっくり、子狐たちに接していたセラフィナだったが、次第に笑い声が漏れ始めた。

 無邪気な、歳相応の笑み。周囲を慮って貼り付ける笑みではない、心からの笑みだった。

 ここしばらく辛いことばかりだっただろう彼女に、わずかながらの癒しになるなら、悪くないと、慧太はアルフォンソと顔を見合わせるのだった。

子狐、増量中。

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