第20話、深い闇の底
どうしてこうなる――っ!?
大地震、そして開いた陥没穴に、慧太とセラフィナの身体は落下していた。
陥没の中心点が二人の間だったせいか、身体が宙に浮いた途端、その身体が接近した。
とっさに、慧太はセラフィナに手を伸ばし、その身体を引き寄せた。呆然としたまま、慧太に抱き寄せられる銀髪の少女。
シェイプシフターの身体はちょっとやそっとでは壊れない。だがセラフィナは普通の人間。落下の衝撃なり、岩などに挟まれでもしたらただでは済まない――!
あっという間のはずなのに、宙に浮いている間、時間の経過がゆっくりに感じた。
落ちている。思いのほか深い? 遠ざかりつつある森の木々、わずかに見えた空を見ながら、慧太はセラフィナの身体を抱きしめ、この落下から逃れるべく瞬時に思考をめぐらせた。
――ロープ、いや蜘蛛……。
切羽詰った人間の思考というのは、何故それが浮かんだのか説明がつかない時がある。だが慧太の頭に浮かんだそれは、蜘蛛の巣。そしてその粘着性に富みながら強靭な糸。
左手でセラフィナの顔を守るように覆い、右手を振る。指先をシェイプチェンジさせて細長い、しかしその刃物で力いっぱい叩き込まないと切れない大蜘蛛の糸へと変える。同時に糸が間に合わなかった時のために背中を柔らかだが粘着力の強いジェル態へ変異。落下の衝撃を受け止めようとする。
伸ばした糸の指が壁面に引っかかった。抱えたセラフィナを落とさないように左手に力を込める。慧太らの身体は糸の指にそって壁面へと向きを変え――背中から壁にぶつかった。
「おげぇっ!?」
自分でも変な声が漏れた。壁にぶつかった衝撃をジェル体が吸収する一方、セラフィナの身体が慧太のお腹を強く押し込む。声が出たのはそのためだ。……痛くはなかったが、予想外のことが起きると声も出る。
それがいけなかった。糸の指がはずれ、慧太たちは再び落下――と思いきや、すぐに地面に落ちた。高さにして数十テグルのところで一度止まったようで、ほとんど底の部分だったようだ。
――とりあえず、助かったのか……。
息をつく。繰り返すが、痛くはなかった。だが打ち付けた背中のあたりが痺れているようだった。
慧太が薄暗い闇の中、目を瞬かせていると、ぽんぽんと胸を叩かれた。
自然と力を込めていたことに気づき、慧太は左腕を緩めれば、セラフィナがガバリと身を起こし、酸素を求めて肩を上下させた。
「ごめん……」
無事そうでホッとする慧太。セラフィナは周囲を見回し、すぐに自分たちが落下してきた穴を見上げた。百ミータ以上落ちたのだろうか。陥没穴が光によって全景を見せたが、小さく見えた。
「落下した……!」
セラフィナは暗い周囲をせわしなく眺め、次に慧太を見た。
「落ちた!」
「ああ、落ちた……」
「大丈夫なのですか!?」
怖い顔で銀髪の少女は慧太の胸倉を掴む。
「あの高さを落ちたのに……! あなたが庇ったの!? 痛くない!? 怪我は!?」
動揺するのもわかる。普通だったら落下死、つまり死ぬところだったのだ。にも関わらずほぼ無傷で助かったとあれば。
「……あの、お姫様、少し落ち着いて――」
まだ背中が痺れてる。とりあえず元に戻っている右手で落ち着くよう示せば。
「ありえない。……どうして助かったのか」
「奇跡ってやつ、じゃないかな」
シェイプシフターの能力を使ったなんて言えない慧太は、誤魔化しにかかる。
「奇跡――」
ぽつり、とセラフィナは言ったが、どうにも信じられないようだった。深く追求されると面倒なので、慧太は首を横に振った。
「とりあえず、立ってくれないか?」
慧太の上に馬乗りになっていることに気づいたセラフィナは「ごめんなさい!」と慌てて立った。慧太はそのまま半身を起き上がらせれば、まだ背中が痺れていた。セラフィナはそれを見逃さなかった。
「ケイタ! あなたやっぱり怪我を!?」
「いや、大丈夫。ちょっと痺れてるだけ……」
「見せてください!」
セラフィナが慧太の後ろにまわり、服――シェイプシフター体でできているが――の袖を持ち上げ、背中を露にさせてくる。
「……」
慧太は押し黙る。ジェル体をすぐに人のそれに戻して痕跡はないはずだが……ひやりとした。
「……心持ち、打ち付けたところが赤い、かも……」
「え? そう?」
すっとぼける慧太に、セラフィナは「じっとして」というと、その手を慧太の背中にかざした。
「光よ、治癒の光。傷を癒し、痛みを和らげよ――」
柔らかな光が溢れ、周囲の闇を照らし、慧太自身の影を壁面へと伸ばした。
治癒の魔法。慧太はセラフィナの治療――シェイプシフター体に有効なのかはわからないが――を任せて、まわりを観察する。草が生えているのは上から落ちた岩のだろう。切り立った岩肌の壁。それが垂直に伸びている。……自然に出来たもの、というにはあまりに真っ直ぐだ。
「……ひょっとしてここ、炭鉱とか」
だとしたら落盤か。慧太は髪をかく。セラフィナが声を寄越した。
「炭鉱?」
「いや、わからないけど、人の手が加えられてる感じ」
「私たちは、その真上にいたと」
「ああ。地震で天井が抜けた」
慧太は奥へと視線を向ける。洞窟、いや坑道か。どこに通じているかわからないが穴が開いているのが見えた。
「ケイタ、まだ背中は痛みますか?」
「あ? い、いや、痛くない。もう、大丈夫だよ。ありがとう」
本当はずっと痛くなかったが、痺れもなくなったようだ。セラフィナが魔法を止めて立ち上がる。
慧太も立ち上がると、ふと、セラフィナが視線をそらした。その頬が赤に染まっている。
「助けてくれて、ありがとう。……ケイタ」
小さな声。感謝の言葉。思いがけず慧太の胸の奥がドクリと跳ねた。
あー、とか、ああ、だとか声にならないそれをあげながら、慧太は頷き返すと、顔を上げた。
「……さて、これからどうしたものか……」
シェイプシフターの身体を使えば、その気になれば登れるが、いま上には魔人軍の追手がいるはずだ。リアナとユウラが何とか対処している可能性もあるが、敵の数が不明な以上、過信は禁物だ。そもそも追手は狼型だけとは思えない。あれは先遣隊だろうから、必ず本隊が来るはず。そこにのこのこ戻るのはどうなのか。
セラフィナもまた天井の穴を見上げる。
「とても登れそうにないですね。このまま地下を進んで、地上への道を探しましょう」
「……地上への道あればいいけど」
慧太が懸念を口にすれば、セラフィナは小さく微笑んだ。
「ですが、このままじっとしているわけにも、いかないでしょう……?」
実に前向きな態度だった。地の底に落ちて悲観にくれることもなく、健気にも微笑みすら浮かべるお姫様に、慧太は安心する。……嫌いじゃないねそういうの。
『それなら、こちらに通路があります』
「うわっ!?」
慧太とセラはビクリとした。見れば薄暗い中、ぼんやりと光る黄色い目が二つ。漆黒の甲冑をまとった大柄戦士の姿をしたアルフォンソが立っていた。
「お前も落ちたのか……」
『ええ、セラフィナ姫のそばにいましたからね。……ずっとそばにいたのに今頃気づくとは、ずいぶんと冷たいですね』
「何にせよ、お前がいるのは心強いよ。先導してくれ」
『わかりました』
慧太は、いまだ呆然としているセラフィナの肩を叩いて促す。銀髪の姫君は、驚きの表情を浮かべる。
「彼も当たり前のように無事なんですね」
「シェイプシフターは物理的打撃にはほぼ無敵だからな。あの程度の落下では死なない」
そう説明するが、内心では舌の先がざらつくような感じだった。慧太自身が無事な理由と絡めて、正体を悟らせるヒントになってしまったのではないか、という思い。
幸い、セラフィナは気づかなかったようで何も言わなかった。




