第22話、マクバフルド
洞窟を慧太たちは進む。
放った子狐型分身体が先行しているので、慧太はさほど心配はしていない。一方で後方にも警戒を飛ばすが、魔人の追手やその他の獣の姿はなかった。
ただ通路が曲がりくねりはじめ、いま自分たちがどこに向かっているのか、まったくわからなくなっていた。本当に地上への出口があるのか――セラは口にしなかったが、慧太も内心では不安を感じてきていた。どうも、どんどん深くへ潜っているような気がしてならない。
不意に、先を行く子狐が反応を飛ばしてきた。こういうとき、大抵なんらかのトラブルが待っているのだ。
意識を斥候の分身体に飛ばせば、それが見ている景色が慧太の脳裏に映し出された。そして絶句する。
通路が開け、広い空間がある。だがそこに何やら黒い毛むくじゃらの動物が鎮座していたのだ。
立ち止まった慧太に、セラが寄って来て聞いた。
「どうしました?」
「……この先に、何かデカイのがいる。……アルフォンソ」
一応、彼の分身体なので、詳細は任せる。
『全長は約十ミータほど。高さはおよそ三ミータの大型生物です。どうやら眠っているようですが、このまま進めば数分もしないうちに遭遇します』
ここ最近の中では一番の巨体だ。それを聞いたセラフィナは少し考える。
「迂回は……できませんよね」
「あぁ、ここまでほぼ一本道だったからな。引き返すとなると元の場所まで戻る羽目になる」
それでも別の道があるかどうか。そうなると――
「このデカブツを排除するか、寝てるのに任せて気づかれないように抜けるか」
『行くしかないでしょうね』
アルフォンソは事務的に言った。慧太は、二人に振り返った。
「静かに近づく。あとお姫様、少し魔法の光を落とせるか?」
「ええ、わかりました。……あ、それとケイタ――」
銀髪のお姫様は、少し緊張した顔で言った。
「私のことは、名前で呼んでください」
「名前――セラフィナ、様……?」
「セラでいいです」
愛称なのだろう。セラ……セラね。真剣な彼女の表情を見て、断るのも面倒なので頷く。
「わかった。では、セラ。明かりを調節してくれ。……行くぞ」
セラが光球の光を弱めたのを確認し、慧太は足音をしのばせて先を行く。セラ、アルフォンソの順でそれに続く。
やがて分身体が確認した空間に達し、近くの岩陰の裏へとつく。そっと影から覗きこむ。
「デカイ化け物だ……」
声を潜ませつつ、呟く。その姿は土色の外皮で覆われた四足の大型生物。一見、巨大なモグラのようにも見えるが、サイのような角のような突起がついた顔、外皮もごつごつと岩のように堅そうと、モグラのそれとは異なった部分もある。
――まあ、オレの知る世界とは違うわけだから違って当然か。
慧太の隣に、セラがそっと忍び寄り、先ほどからじっとしている大型生物を見やる。
「これは……?」
「オレもはじめてだけど、以前ユウラが言っていたやつだと思う。マクバフルド――墓地を荒らす大モグラ」
「マクバフルド……」
セラがその名を呟く。
「……眠っている、のでしょうか?」
「たぶん。呼吸はしているようだ」
かすかに上下している体。規則的な動きは、穏やかな睡眠中を思わす。アルフォンソが口を開いた。
『見た目どおり、外皮は堅そうです。おそらく生半可な刃は通さないでしょう』
「眠っているのなら、迂回しませんか?」
セラは至極真面目な顔で告げた。
「敵対的な魔物でもないなら、無理に命を奪うことはないかと」
「……襲われない限りは、オレもそう思う。ただ、ここはマクバフルドの巣なんだ。もし起きたら十中八九襲われる。餌として」
セラは押し黙る。襲われれば、否が応でも戦わなくてはならない。黙って喰われるわけにもいかないから。
慧太は周囲を観察する。セラの光の球は足元に移動しているため、マクバフルドは直接光を浴びていない。薄暗い洞窟内、空間になってはいるが、自分たちが入ってきた通路の他に……右手側に別の通路らしき穴が見えた。マクバフルドの巨体より一回り小さい穴だ。……よし。
「あそこの穴から迂回しよう。戦うのはヤバそうだからな。もちろん寝ている今奇襲するという手もあるけど」
セラは首を横に振った。アルゲナムのお姫様は無益な殺生は望まないようだ。慧太は口元に人差し指を近づける。
「静かに奴のそばを抜けて、通路まで行こう。……足元に気をつけて」
そっと足をしのばせ、岩陰に沿って向こうの通路へと向かう。地面に寝そべり、眠りこけている大モグラに用心しながら。慧太の後を、セラも静かに続く。最後尾はアルフォンソだが、彼は自らの足の裏を調整してその体躯に反してほぼ音を立てない静かな歩みだった。
――そのまま。……そのまま。
起きるなよ――心の中で念じつつ、慧太は足元とマクバフルド、そして目的の通路をそれぞれ順に視線を走らせる。
グルルルゥ。
低い唸り声。慧太は思わず立ち止まり、無音のままマクバフルドを注視する。起きたのか――身構える慧太とセラ。だがマクバフルドは小さく身震いしただけで、立ち上がるそぶりはなかった。ふぅ、と息をつく。
あと、数ミータ。一気に駆け抜けたい衝動を必死にこらえて慎重に歩を進める。
その時、カツンと何かが当たったような音がした。静粛の中に起きた突然の音に慧太はビクリとして振り返った。セラも吃驚した顔で慧太を見つめていた。――今の音は何、と言わんばかりの表情。
では今のは彼女の立てた音ではなかったのか。
アルフォンソも音の正体がわからずまたキョトンとしている。慧太は視線をマクバフルドに向けた。
すっとマクバフルドが顔を上げる。同時にその足元にあった『岩だと思っていた』ものがみるみる真っ赤に変化していき――
「危ない!」
慧太はとっさにセラのほうへ飛んでいた。驚きのまま押し倒されるセラ。赤く変化した岩が爆発し、轟音と爆風を撒き散らす。銃弾の如く飛翔した岩の欠片と熱風。塵と砂が飛散してセラを庇う慧太にかかり……視界を闇が包んだ。




