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第16話、交渉


「まあ、うちの団員をお姫さんの護衛に付けるってーこった! あんたは今ひとり。ライガネンは遠いだろう。道案内も兼ねて、お供はいたほうがいいだろ」


 ドラウト団長は、セラフィナ姫に西方語でそう言った。……言葉使いについては容赦願いたい。獣人が人間の言葉をしゃべるのは簡単なことではないのだ。


 ハイマト傭兵団アジト、その食堂である。空腹のセラフィナがリアナと共に食事を摂っていたところに、慧太けいた、ドラウト団長、そして魔術師のユウラがやってきて、その場で会談となった。

 セラフィナは、慧太たちが国境まで守ってくれたことに感謝し、お礼の言葉を口にした。さらに食事まで用意してもらった――だが。


「本当に申し訳ないのですが、今、私はお金の持ち合わせがないために謝礼をお渡しできません。護衛をつけてくださるという申し出もありがたいのですが、その、支払能力がないので雇うこともできないのです」

「あー、それは知ってる」


 ボリボリと、ドラウトは自身の頭を掻いた。


「出世払いってーの? 意味が違うか。まあ、何だ……お姫さんがライガネンに着いて、お支払いできるようになったら、ってーことでいいじゃねぇかな?」


 何かいい加減、というか他人事みたいな言い回しである。


「とりあえず、期限はつけないから払える時でいい」

「横から失礼します、セラフィナ殿下」


 ユウラが口を開いた。


「ドラウト団長は、今回のアルゲナム侵攻を、大陸の危機と捉えております。故に、姫殿下にはライガネンに行くという目的をぜひ果たしていただきたい。……報酬の後払い云々は、傭兵の建前でございます」

「え、建前違うぞ……?」


 熊人の団長が目を剥くが、青髪の魔術師は涼しい顔で、それを無視した。


「もちろん、報酬をいただけるのならもらいますが、まずはそれよりも姫殿下が使命を果たされるのが第一であると」

「うん、まあ、その……なんだ」


 ドラウトは挙動が不審だった。熊人のくせに、人間の女性に照れているのだろうか? 美人を前にテンパっている男性じみた反応だと、慧太は思った。


「いや、うちのケイタがね……お姫さんを助けたいって言うんでねー」

「おい、こら」


 突然、自分を引き合いにだされ、慧太は思わず声に出した。ドラウト団長はそ知らぬ顔でそっぽを向く。

 セラフィナは驚いた顔になる。


「ケイタ……?」

「あー、まあうん、それはだな……」


 まるで先ほどのドラウトみたいな反応だと思いながらも、態度が不自然になるのを自覚した。……自覚してもどうにもならないことはある。


「君のお兄さんに頼まれたからな」


 言うに事欠いてそれか――とはいえ口にしてしまっては後の祭りだ。だが慧太の内心を他所に、セラフィナは何か思うところがあるように視線を下げる。


「……ケルヴィンお兄様……」 


 妙な沈黙が降りる。ドラウトとユウラが、同時に『どうするんだこの空気』といわんばかりの視線で慧太を睨んだ。……オレのせいかよ!


「わかりました。護衛の厚意、ありがたくお受けさせていただきます。口約束になりますが、目的を果たした暁には報酬をご用意します」


 ありがとう――セラフィナは深々と頭を下げた。ドラウト団長は口もとに笑みを浮かべた。


「そうと決まれば、人選だが、まず言いだしっぺのケイタ」


 言いだしっぺとは何だ。……まあ、そうだけど――慧太は苦笑いである。


「ケイタが行くとなりゃ、リアナ、オマエも行くんだろ?」


 先ほどから沈黙を通して、空気同然だった狐娘は「うん」とコクリと頷いた。


「ユウラ、ライガネンまでの道中、行けるな?」

「事前の予定が狂わされるのは好きではないですが……外国へ出かけるとあれば、最新の魔法技術や知識に触れるいい機会だ」


 最新の、という響きが、馬鹿にした言い方に聞こえたのは気のせいか。ハイマト傭兵団では数少ない人間であるユウラだが、人間社会、特に魔法関係者に言わせると『天才』なのだそうだ。

 そんな彼が、何故獣人の傭兵団にいるのかは知らない。それに関して以前、彼は『人間たちは、僕が怖いらしい』とだけ言っていた。

 ドラウトは頷いた。


「いずれも一騎当千のツワモノばかりだから、お姫さんも安心していい。うちの団の最強の三人をつけるんだからな!」

『三人ではありません』


 唐突に、機械じみた淡々とした声が聞こえた。見れば漆黒の全身鎧をまとった戦士姿のアルフォンソが、のそのそとやってきた。


『私も同行します。荷物運びが必要でしょう?』

「オマエははじめから着いていくことは決まってんだよ」


 ドラウト団長は冗談めかした。


「ただオマエ、人じゃねえから数に入れなかったんだ」

『それは酷い! ……ですが、その通りですね。私は人ではありません』


 アルフォンソは言ったが、兜の奥で光っている目をドラウトへと向けた。


『それで、話は変わるのですが団長。緊急事態です』

「あ? なんだ?」

『魔人軍がアジトを嗅ぎつけました。見張りの報告では、一〇〇名以上の魔人兵がアジトを包囲しつつあります』

「何だと!?」


 リアナを除くこの場にいる全員が驚いた。魔人軍がアジトに迫っている――慧太は思わず舌打ちしたい気分になった。北へと誘導するよう仕向けたが、ここに現れたということはその目論見をはずされたということだ。

 ドラウト団長は荒々しく席を立ち上がった。


「つか、早くそれを言えよ、アルフォンソ!」


 ドラウトは駆け出し、慧太たちも後に続いた。食堂を出て、居住区を抜ける。広間を通過する時も、武装した獣人団員の姿を見た。


『団長!』

『オマエら、配置につけ!』


 獣人の共通語で目に付く団員たちに指示を出すドラウト。

 アジトの正門を出て、丸太壁に囲まれた庭を走る。正面の門は閉じられている。獣人団員たちがそれぞれ配置につく中、門の脇にある見張り台へと昇る木の梯子はしごをドラウトが昇る。慧太も続き、一方、狐娘のリアナはその跳躍力で三歩で見張り台の上に上がった。


『団長』


 犬獣人――クラウスという名の戦士が、上がってきたドラウトに頷いた。


『どんな様子だ?』

『臭いますぜ、アジトを取り囲むように敵が展開してまさぁ。殺意をビンビン飛ばしてやがる……!』


 獣人共通語での会話。慧太は把握しているが、見張り台にあがってきたセラフィナは、ドラウトと犬人が何を話しているのかさっぱりわからなかった。


「奴らの目的は、アルゲナムのお姫さんだろうな」


 ドラウトは呟いた。それ以外に考えられなかった。慧太は臍を噛む思いだった。魔人連中を上手く騙せなかった。


「すまない、親爺!」


 オレのせいだ――慧太が言えば、しかしドラウトは振り向かなかった。


「いまさらどうこう言ってもしょうがねえな。お姫さんに肩入れすると決めた以上、一戦は避けられないだろうな」

「私の……せい、ですね」


 セラフィナが俯いた。魔人軍がやってきて傭兵団のアジトを取り囲んだ事態。慧太はそれを悔いたが、それ以上にセラフィナは責任を感じていた。そもそも敵の狙いは、アルゲナムの姫である自分なのだから。


「まあ、そう言いなさんなお姫さん。いずれは魔人連中と戦場(いくさば)でぶつかってたかもしれん。それが少し早まっただけよ」


 ケイタ! ――ドラウト団長は命令口調になった。


「オマエはお姫さん連れて、抜け道から脱出しろ」

「え? ……いや、オレも戦う!」

「バーカ。傭兵ってのは命あってのモノダネ。ガチで戦争する必要ねえんだよ。敵さんの狙いはお姫さんだ。そのお姫さんがいつまでもここにいたら、オイラたちは文字通り全滅するまで戦う羽目になるぞ」


 熊人の団長は肩を組むように腕をまわした。


「とりあえず一戦はもたせる。だがその後は知らん。だからとっととこの場を離れて距離を稼げ。俺らは死なない程度に頑張るからさ!」


 戦いの予感。だがドラウト団長は快活だった。


「お姫さんも、自分のせいとか思うんなら、さっさとここを逃げてくれや。オイラたちはちょっとだけ足止めしてやることしかできん。あとは、あんたの頑張り次第だ」

「……ドラウト、さん……」


 セラフィナが俯き、唇を噛んだ。まただ――また……。姫君の青い瞳が揺れる。だが何かをこらえるように顔を上げると、頷きだけ返した。


「よっしゃ行ってこい!」


 ドラウトは慧太の背中を叩いた。危うく見張り台から落下しそうになる慧太だが何とか踏みとどまり、振り返ると頷いた。


「わかった。親爺も無理すんなよ」

「オマエもな!」


 ドラウトは片目を閉じて、親指を突き立てて見せた。慧太は頷くと、セラフィナを促し、梯子を滑り降りた。リアナも後に続く。

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