第15話、傭兵団のアジト
森は月明かりを通さず、真っ暗闇だった。ユウラの唱えた『光妖精』の魔法はわずかながらの光源を提供した。
先頭は青髪の魔術師。その次に慧太、そしてセラフィナ。殿軍はリアナとアルフォンソが務める。
「これからどこへ?」
セラフィナが問えば、慧太は答えた。
「オレたちのアジトだ――ハイマト傭兵団。獣人傭兵団なんだが、まずはそこで休もう」
「獣人……」
銀髪のお姫様の声が消える。ふと、慧太は思った。
「獣人は苦手か?」
「いえ、その苦手ということは……」
ちら、と狐人の戦士であるリアナを一瞥する。
「今まであまり接したことがないので」
「あぁ、それじゃ苦手かどうかわからないか」
慧太は頷いた。
「とりあえず、一息ついて今後のことを話そう」
淡い魔法の光を頼りに、一時間半ほど森の中を歩く。
やがて、慧太たちは目的の場所に到着した。
森の中に出現した小さな岩山。その岩肌の所々にある窓から明かりが漏れている。
岩山をくり貫いて作られた砦。その周りには丸太で作られた外壁が、バリケードのように周囲を威圧していた。さらに要所に作られた見張り台からは、主である獣人らが目を光らせていた。
慧太たちは、その松明の焚かれた門に差し掛かった。
「ようこそ、お姫様。ここがオレたちの家――ハイマト傭兵団のアジトだ」
自然に隠れる天然の要塞じみたアジトを、物珍しそうに見やるセラフィナ。
直後に、唐突にぐぅ、と彼女は派手に腹の虫を鳴かせた。そういえば国境を越えてから何も食べていなかったような。
恥ずかしい――と消え入りそうな声で、セラは顔を背けた。お姫様といえど年頃の女の子。慧太もユウラも苦笑した。
「親爺に会う前に、まずは食事だな」
真っ赤になりながら、セラフィナ姫はコクリと頷くのだった。
・ ・ ・
この世界には『獣人』がいる。
基本的には人型で、獣の外見的特徴や能力を持っている種族だ。人の顔に身体、狐耳と尻尾を持つ狐人や、人型ながら狼の頭と全身毛に覆われている狼人が有名だが、他にも犬や猫、猪、鹿、豚、牛など多種が存在する。
熊人であるドラウトは、身長二ミータを超え、たくましい体躯の持ち主だ。全身、毛が生えているため、ズボンは穿くが、上は薄手の布切れじみた服を羽織っていた。
団長の部屋。慧太とユウラを前に、ドラウトは愛用の椅子に深々ともたれ、口を開いた。
「アルゲナムのお姫様とはまた……」
その声は、初対面の相手を驚かすには十分の迫力があるが、それなりに付き合いがあれば、それほど怖くはない。
「面倒なものを拾ったモンだなぁ、ケイタよ」
「そうですね。レリエンディールがアルゲナムに侵攻した今となっては」
ユウラが涼しい顔で来客用の椅子に座り、お茶をすする。
「かつて、暗黒大陸より侵略の手を伸ばしてきた魔人の軍勢に立ち向かい、人類の希望として先頭に立って戦った白銀の勇者、その一族」
「天上人の加護を得て、地上の悪を掃った光の勇者」
ドラウト団長は机の上の皿にある、二十テグルほどのミルズ木の根をかじった。
ユウラは頷く。
「その末裔たる姫の存在は、魔人軍にとって厄介きわまるものでしょう。……おそらく、追手がかかっていると思いますよ」
「連中にここを嗅ぎつけられる恐れがある」
ドラウトは舌を鳴らした。
「やだねぇ、正式な依頼でもないのに、巻き込まれるのはメンドーくさい!」
「なんか……すまない」
慧太は詫びた。世話になっている団に迷惑をかけてしまっている。ドラウトやユウラの話が本当なら、魔人軍と事を構える可能性が高まったことを意味するのだ。慧太ひとりならともかく、傭兵団の仲間たちを巻き込んでしまったかもしれないのは心苦しい。
「魔人連中には北に抜けるように誘導したつもりだったんだけど……」
「なに、別にオマエを責めてるわけじゃねえよ。困っている奴はとりあえず助けるってのが団のモットーだしな」
ドラウト団長は、からからと笑った。身体が大きい彼が笑うさまは、なかなか愛嬌があり、同時に頼もしくもある。
「しかし、まあ魔人連中、本格的に大陸侵略に乗り出したと見ていいんじゃねーか?」
「一年前のスプーシオ王国。そして今回のアルゲナム。このリッケンシルトとて、このまま無事で済むと思うのは、さすがにおめでたいですね」
青髪の魔術師の言葉に、慧太は押し黙る。
魔人による攻撃によって陥落した国。その最初に犠牲になったのはスプーシオ王国は、慧太ら三十名の高校生を召喚し、見事に全滅させた国である。慧太にとっては因縁深い名前である。
「アルゲナムが陥ちた今、人間は大騒ぎじゃねーか?」
ドラウトは目を険しくさせ、鼻をひくつかせた。ユウラは眉をひそめた。
「それがそうでもないんですよ。アルゲナム陥落の報は、まだ周辺国に伝わっていないようなのです」
「なんで?」
「魔人たちは、かなり注意を払って国境線を監視しているからです。アルゲナム侵略が外部に漏れるのを防ぐために。……まあ、いずれは周囲も気づくでしょうが、その間に魔人たちは地盤を固めているでしょうね」
「よくそんなことがわかるなァ」
団長が感心も露にすれば、ユウラは書類棚を指差した。
「アルゲナムにいた団員からの報告書にそう書いてあります。読んでください」
「……オイラは字が読めないんだよぅ!」
「嘘つけ!」
思わず反応してしまったユウラは、額に手を当てため息をつく。
ユウラがいったアルゲナムからの報告というのは事実だろう。実際、国境越える際にも魔獣ギーナルダや魔人軍連中の姿を、慧太たちは見かけている。
「しかし……ライガネンか」
ドラウトが二本目のミルズ木の根をとった。ユウラは首肯する。
「ライガネン王国は、聖アルゲナムとも深い友好関係にあり、また周辺諸国の雄として諸問題に対応しています。軍備もある。聖アルゲナムを滅ぼされたセラフィナ姫が助力を請うとしても不思議はありません」
ふぅむ、とドラウトは顎に手を当て難しい顔になった。
「なあ、ケイタ。オマエはどう思う? お姫さんを助けたのはオマエだ。オマエはどうしたいんだ?」
「え、オレ……?」
慧太はキョトンとしてしまう。ドラウト団長は顔を上げた。
「正式に依頼があって頼まれたわけじゃねーだろう? オイラたちは傭兵だ。慈善団体じゃねぇ。現状、オイラはお姫さんにどうこう言えねえが、このままってわけにもいかんだろうが」
どうしたいか――最初はケルヴィン王子に頼まれた。そしてセラフィナと出会い、国を失った彼女が、たった一人で助けを求めるための旅に赴こうとしている。
魔人に立ち向かった凛とした横顔。森の中で見せた決意の眼差し。その心にあるのは国を滅ぼされた無念か、魔人への復讐か。ただ、どちらにせよ、放っておけなかった。
心の底が囁くのだ。彼女を、セラフィナを助けろと。
「……力になってやりたいと思ってる」
呟くように、慧太は言った。はっきり言えば、彼女に同情している。手助けしたい。だが、そう思わせる一端は、あの王子のせいだ。きっと――
「それはつまり、オマエもお姫さんとライガネンへ行くってことか?」
「あー……そういうことになるのかな」
もちろん、肝心のセラフィナ姫次第ではあるが。慧太は頬をかきつつ、ドラウトを見た。
「報酬面は、あんまり期待できないけど――」
「……まあ、いいんじゃねぇの。たまには報酬のない仕事したってよ」
さらり、とドラウトは言い放った。慧太はもちろん、ユウラも目を見開いた。
「いいんですか? 大赤字ですよ」
「んなもん、他のメンツで補えばいいだろーがっ! オレたちは同じ団の仲間だろう!」
深く考えるでもなく、がはは、とドラウトは笑った。
「まあ、ぶっちゃけな、魔人連中が本格的な大陸侵攻をはじめりゃ、オイラたちだって無関係ですって済まねえだろうしなぁ。……まあ、先行投資? 恩売り? あわよくば、何か金目のものでももらえれば――」
「最後で台無しだよ、団長」
慧太が苦笑すれば、「そうか?」とドラウトはすっ呆けるように言った。
「だってオイラたちは、傭兵だもーん」
「ほんと、台無しですよ、団長……」
ユウラは肩をすくめるのだった。ドラウトは楽しそうだった。
「まあ、そういうなよユウラ。ケイタが女を好きになった、めでたい日なんだぞ」
「は?」
「え……?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。熊人も「え?」と丸い目をきょろきょろさせた。
「ちげぇの? お姫さんに惚れたから、一緒に行きたいとか言ったんじゃねーの?」
「そうなのですか?」
ユウラは意地の悪い顔になる。思わぬ言葉に慧太は途端に顔が熱くなった。
「い、い、いや、何言ってるんだ? そういうわけじゃない」
「動揺してる」
「思いがけない言葉かけられたら普通動揺するだろ! 惚れたとか、そんなんじゃなくてだな! 人として、そう、人として! 困っている人を見過ごせないつーか!」
誓って。確かにセラフィナ姫は美少女であるが。そういう下心というか、恋愛感情的なものはなかった。
……ここまでは。




