第14話、救援
突然走った紅蓮の炎。その野太い炎の柱が横なぎに掃われる様は、昔テレビで見た火炎放射器のそれを慧太に思い起こされた。ただ目の前のそれはテレビで見たものより遥かに太く、強い。
魔法であることがわかるが、何の予告もなく放たれた火柱に、慧太はともかく、セラフィナは開いた口が塞がらないようだった。
「何とまあ、厄介な事態になっていたようですね、慧太くん」
そう言ったのは、右手をかざし、炎の柱を放射していた若い魔術師だった。青い髪を後ろで束ねている涼やかな青年だ。
「ユウラ」
慧太はその名を口にした。ユウラ・ワーベルタ。二十二歳になる魔術師で、慧太と同じ傭兵団に所属している。
「よくここに――」
「リアナさんとアルフォンソから事情を窺いまして。……アルゲナムのお姫様を連れていると聞いては常識に疎い慧太くんには助けが必要かと思いましてね」
ユウラは穏やかな表情で言った。その後ろにいた黒い馬が前へ出てくる。
『お二人とも無事でよかった』
突然喋りだした馬に、セラフィナは吃驚して目を丸くする。慧太は苦笑した。
「お前がここに彼を連れてきてくれたのか、アルフォンソ」
「アルフォンソ? って……!」
驚くセラフィナの目の前で、黒馬は、二メートル近い長身の、全身鎧をまとう戦士の姿に変身した。変幻自在のシェイプシフター、その姿は自由自在である。
穏やかに見えたユウラだが、その青灰色の瞳は笑っていなかった。
「しかし、屍人とはずいぶんとよろしくない事態ですね」
ゆっくりとした足取りでユウラは、慧太とセラフィナの前へと出る。
放たれた炎に焼かれていく屍人たち。老若男女問わず。すでに死んでいるにも関わらず呻き声を上げる。まるで恨みの声だ――慧太はこれらが村の住人だったと思うと、唇を噛み締めた。
迫り来る屍人らの一隊を焼き払った青髪の魔術師は、すっと呼吸を整える。
「……爆砕」
その呟きは、魔法詠唱。恐ろしく短く、しかしその効果は絶大だった。
村の中央に同時に五つの光が走る。闇夜を切り裂く閃光。風を吸い込むような音がした次の瞬間、五つの紅蓮の下級が太陽の如く広がった。
大爆発。瞬きの間に、建物ごと村の中心部から広範囲を粉砕した。飛び散る石材、燃え上がる木材が熱風に乗ってまき散らされる。
「……そんな……!」
そのあまりの威力に、セラフィナが声を失う。慧太も厳しい顔で、友人である魔術師を見た。
「やり過ぎじゃないのか、ユウラ?」
「屍人となった者は、一人として逃してはいけません」
感情を感じさせない声で魔術師の青年は応えた。
「数年前、たった一人の屍人に数百人規模の町が一夜にして滅びたこともある。故に、屍を操る術法は禁忌とされています。取り扱いを誤れば――」
「ああ、わかってる」
慧太の心境は複雑だ。元の世界でゾンビ映画の類に接しているから、慧太とてそれを想像するのは難しくない。
セラフィナは口元に手を当て、吹き飛んだ村の姿を呆然と見つめていた。目の前の光景が信じられないといった表情だ。
――それが自然だよな。
村一つ消えるのに平然としていられるほうがどうかしている。
だが思考はそこまでだった。
風を切る音と共にトス、と地面に矢が突き刺さる。ユウラの数歩前に落ちた矢。それが『誰の』ものか見た瞬間、青年魔術師は苦笑した。
「あの、リアナさん? 冗談でも仲間に矢を向けるのはどうかと――」
「……冗談でも爆砕魔法を仲間のいる場所の近くに放つのは許されると?」
金髪碧眼の狐娘、リアナが音もなく駆け寄ると、地面に刺さった矢を引き抜き、冷徹に言い放った。
「わたし、屋根の上にいた」
「ええ、もちろん。知ってました」
ユウラは申し訳なさそうに眉を下げた。
「だからあなたに影響しない範囲を選んで――」
「夜に派手に光をぶちまけたら、わたしの目がどうなるかは考えた?」
無表情な狐人の少女だが、その声には明らかに怒気が含まれていた。その背後で、またもユウラの魔法による爆発が発動し、残った家屋が潰れた。吹き抜けた熱風が慧太らの髪をあおる。
「あと爆風」
「すみません」
ユウラは素直に謝った。慧太は、ばつが悪くなって髪をかく。一人、セラフィナだけがついていけず困惑している。
「あの……一体どういう……」
「詳しい話は、オレたちのアジトでしよう」
慧太は、セラフィナの困惑をよそに、青髪の青年魔術師へと向ける。
「いまはここを離れるべきじゃないか?」
「それがいいと思います」
ユウラが慧太に言い、次にリアナを見た。
「屍人を操っていた者は?」
「手ごたえはあった」
リアナは背中に弓を引っ掛けながら答えた。ボロい外套をまとった魔術師風の敵。その心臓を撃ち抜いたという確信があった。
「トドメは確認してない。……あなたが魔法で吹き飛ばしたから」
「あなたの腕を信じてますよ、リアナ」
ユウラが笑みを浮かべれば、視線を転じる。
「慧太くん、影をいくつか落としておいてくれますか?」
影、とは慧太のシェイプシフターの分身体のことである。
「使い魔に見張らせますが、万が一、屍人が残っていた時――」
「……わかった」
ユウラの大魔法でおそらく一掃されたとは思うが、過信するのは禁物だ。油断と慢心は、我ら傭兵団には慎むべき行為である。もし生き残った屍人がいれば、慧太の分身体が始末することになる。
――生き残った屍人……。
何とも矛盾した響きだ。屍人と化した時点で、すでに死んでいる。
かくて、慧太たちは、魔法によって廃墟と化したルベル村を後にした。
・ ・ ・
『取り逃がした……?』
魔人軍第五軍指揮官であるアスモディア・カペルは眉をひそめた。
ルベル村まで、およそ二十分の森の中。先ほど目的の村のほうで大きな爆発が起きたのを確認した。
アルゲナム国境を越え、選抜部隊を率いていた女魔人は、確認のために斥候を放った。前方偵察を行った魔人兵の報告は――
『戦闘があったのは間違いないかと思われます。ドィーム様は意識不明の重体。村は廃墟状態であり、村人の姿はありません』
『わたくしが探しているのは、あの生意気な小僧とアルゲナムの姫なのだけれど!?』
ねじれた山羊の角を持つ赤毛の美女は、威圧するように偵察兵を睨んだ。
『は、恐れながら……その姿は確認できず、すでに村を離れたか、あるいは瓦礫の下か、または焼失してしまったのではないか、と』
『むぅ……』
アスモディアは思わず爪を噛んだ。
あの姫に化けていたシェイプシフターの小僧――あいつの口車に乗せられ、一度は砦に引き返したアスモディアだったが、『北寄りのルートでセラフィナ姫が国境を越えている』という言葉が、そもそも嘘情報であると気づいた。
さも自身が囮のように振る舞ったシェイプシフターだが、本当に囮であるなら、何故あの時、セラフィナ姫の逃走ルートのヒントになるような言葉を吐いたのか。一分一秒でも長く注意を引くのなら、あの場で本当のことを言う必要などないのだ。
死ぬ間際まで正体を隠すか、正体をバラしたとしても、姫の行き先のヒントを漏らさないまま逃走すれば、もっと囮として注意を引くことができた。
つまり、あのシェイプシフターは、魔人軍の追手を方向違いへ誘導するために、嘘の情報を口にした上で、アスモディアを見逃したのだ。
小癪なマネをしてくれる――それに行き当たった時、アスモディアは憤慨したが、それもつかの間のことだった。
幸い、無駄足を踏む前に嘘に気づいたのだ。このアスモディアを騙し抜くのは、残念ながら彼にはできなかったということになる。
――本当に残念だったわね、このわたくしはそこまで愚かではなくてよ。
『青狼を放ちなさい。奴らの足取りを探させるのよ!』
『はっ、アスモディア様』
部隊から、大型の狼に似た魔獣が数頭、森に放たれた。嗅覚に優れ、逃げる敵を追尾することに長ける魔獣たちを先頭に、アスモディアとその部隊は進んだ。
本当なら、アルゲナム国を出て、リッケンシルト領内に入るのは控えるべきなのだが、みすみすアルゲナムの姫君を見逃すわけにはいかない。
さらに奥へと逃げられる前に、彼女を捕獲する。手がかりは、あのシェイプシフターの小僧が逃げた先。――銀髪の姫君は、そこにいる。
本日は夜にもう1話更新予定です。




