第13話、屍人の行進
真っ暗な室内にいた。目が覚めたセラは、ゆっくりとその身体を起こす。
ベッドの上にいる。どうしてそうなっていたのか、まったくわからなかった。明かりはないが、どうやら夜のようだ。どれくらい寝たのか……だがかなり寝ていたような気がする。ぼんやりとする頭に覚醒を促しながら、記憶をたどる。
「そうだ、ケイタ!」
「呼んだか?」
思いのほか近くで声がして、びっくりする。
バタンと荒々しく扉を閉めるケイタ。その様子では、外から戻ってきたところだろうか。
色々聞きたいこともあるが、まずは。
「ここはどこです、ケイタ?」
「ルベル村。リッケンシルト国西の果てだ」
ずんずんと部屋を横断したケイタは、セラを無視するように窓のほうへと向かう。
「とりあえず、アルゲナムではない。それがいい話。で、ここからは悪い話だが、何故だがわからないが、屍人の群れに囲まれてる」
「屍人!?」
それは死んだ人間が闇の呪術で現世を彷徨う怪物の類。話は聞いたことがあるが、実際にそれを見たことがない。
「この村全体が感染していると見るべきだろう。階段は吹き飛ばしたから、上がっては来れないだろうが……」
階段――ということは、ここは二階かそれ以上にある部屋ということか。セラはまだかすかに重い頭を振る。
「つまり……出られない、ということですか?」
ケイタは窓から外の様子を眺めている。
「……連中と戦うのは得策じゃない。噛まれれば屍人化する危険性が高いし、死体だから返り血や肉片に触れるだけでも厄介な病気をうつされる恐れがある。……おまけに臭いしな。近接戦はしたくない」
「距離をとって戦う、と……?」
「それでもこの数はしんどい」
「そんなにいるのですか?」
セラはベッドから降りる。少しふらついた。
「だいたい五〇人くらいの村だったんだが……それよりも数が多いみたいだ。一端、この囲みを抜けて、逃げるのが今とれる最善だろうな」
「でも下には降りられないんですよね……?」
階段が使えないと聞いたが。
「窓から外へ――」
ケイタは窓の縁に足をかけて、外に身体を乗り出した。……ここ、一階じゃなかったような――
セラが見守る中、ケイタは振り返った。
「さあ、お姫様、ここから出るぞ!」
「え、あ、でも――」
「早く!」
手を差し出すケイタ。促されるまま、セラはその手をとり、窓から外へ出た。幸い、屋根があった。
夜風が銀髪をなでる。屋根をつたって移動――夜の闇にあっても月明かりに照らされ、建物を取り囲むように人の群れが見える。それらはケイタやセラに気づき、死霊のようなうめき声を上げ、または指差しながら、集まってくる。
――これが屍人……。
何とも気味の悪い。人の姿をした化け物だ。……これがこの村の住人だったなんて。もし噛まれたら私も――セラは背筋がゾッとした。
建物をぐるりと取り囲んでいる屍人。さすがに登ってくることはないが、こちらも降りることができない。
「どうやって突破しますか、ケイタ?」
セラは問う。正直、ここで粘っていれば屍人は立ち去るなんてことがあるのだろうか。もしないなら……ずっと屋根の上にいることになってしまうが。
「跳ぶ」
飛ぶ? ――目を丸くするセラ。
失礼、とケイタはセラの身体に手を触れ、ひざ裏と背中に手を回す。突然のことに抵抗する間もなかった。気づけばセラは抱きかかえられてしまっていた。
――え? あ……お、お姫様抱っこっ……!?
セラは赤面してしまう。何の準備もなく、説明もないまま抱えられ、その思考はうろたえてしまう。
「あ、ああ、あの、ケイタ!?」
「口を閉じてろ。舌をかむぞ!」
セラの身体を抱きかかえたまま、ケイタは屋根の上を走った。その先には、一番近い場所にある民家。だがその間には十ミータ以上の距離がある。
「いや、それ無理ですっ!? あっ――」
加速するケイタ。次の瞬間、その身体は宙を跳んだ。
冷たい風が吹き荒れる。落下、そして衝撃を恐れ、セラフィナはケイタの腕の中で小さくなり、ギュッと目を閉じた。
衝撃――落下のそれにしては随分と軽いそれに、セラフィナは目を開ければ、ケイタは走っていた。
まさか、あの間を超えて民家の屋根に飛び移ったの? ……って、また走ってるぅっ!!
音が消えた。ケイタとセラフィナの身体はまたも空を跳んだ。微塵も恐れず、ただまっすぐを見据えるケイタ。その顔を間近に、セラフィナの胸の奥がドクリと跳ねた。
満月に近い月、夜空を駆ける少年――そのケイタが一瞬、顔をこわばらせた。
「落ちるぞ、備えろ!」
何に――と口に出掛かるが、身体は本能的に衝撃に備えていた。直後、先ほどより強い震動。身体が一瞬浮かび、草地に背中から滑るように落ちた。
セラフィナを庇いつつ、二回の大ジャンプを試みた慧太だったが、二回目の跳躍はさすがに無茶な距離を跳ばした。
おかげで着地の瞬間、足が潰れた。生身の人間だったら明らかにヤバイ曲がり方をした。……まあ、生身の人間が人を抱えて数十ミータ跳ぶなんて不可能なわけだが。
着地の瞬間、地面に近いところでセラフィナを軽く投げたのは、彼女への衝撃を和らげるためだったが、痛くないはずがない。草地の上を転がる彼女だが、騎士姫だけあって、すぐに起き上がった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですかっ!?」
ほぼ同時に相手のことを気遣っていた。セラフィナは吃驚したような顔になる。慧太は足がほんの少しでもグニャってしまった手前、少しばつが悪かった。倒れたまま上半身を起こす。
「ああ、大丈夫。少しばかりハードランディングになっちまった。……怪我はないか?」
「少し? ……じゃなくて、あなたは大丈夫なのですか!?」
セラフィナが這うように、慧太のそばにやってきた。その青い瞳は真剣そのものだった。
「足は? どう考えても無茶苦茶な跳躍しましたよね!?」
「あー、オレの故郷に伝わるちょっとした技をな」
自分でも歯切れが悪くなっているのがわかる。人種違いで、ある程度誤魔化せるといいのだが――ちょっと説得力に欠けるが、とっさに口に出してしまった以上、取り消せない。
「骨は折れてないし、立てる。繰り返すが、そっちは平気?」
「私は平気です」
セラは手を差し出した。心持ち、眉をひそめて。
「もう、私なんかのために無茶して……いったいあなたは何なのですか?」
「あれ……ひょっとしてオレは怒られてるのか?」
彼女に引っ張られ、立ち上がる慧太。セラフィナは腕を組むとそっぽをむいた。
「べ、別に怒ってなんかいませんから。……その、助かりましたけど、自分の身体は大事にしてくださいね」
ちら、と拗ねたように視線をよこす銀髪の美少女に、慧太は「お、おう……」と頷くことしかできなかった。……このまま二人の空間に浸っていられればよかったのだが。
宿屋を囲んでいた屍人の集団が、こちらへと駆けてくる。その走り方はいびつにして奇妙。お世辞にも速いとは言えないが、それがかえって彼らにすでに正常な知性が残っていないのを物語っていた。
「光の弾よ――」
セラフィナが、左手をかざした。
「敵を貫け……!」
光が溢れ、それは次の瞬間光弾となって、屍人の先頭を撃ち抜く。
慧太も手に爆弾――対人用手榴弾を作り出すと、野球で鍛えた肩で鋭い一投を放った。
「全部を相手にしようとするな。適当にやって逃げるぞ!」
慧太が声を張り上げた時、突然背後から紅蓮の炎が駆け抜けた。
・ ・ ・
死体使いのドィームは、屍人の包囲網から『跳んで』逃げる男女の姿を目撃した。
男は女のほうを抱きかかえて、家の屋根から屋根へと大ジャンプしたのだ。
『ケシッ、ケシシシ……!』
別の民家の屋根によじ登っていたドィームは、そこで独特の笑い声を漏らす。
まさか身体強化系の魔法を使う者だったとは。そうでなければあの人間離れした跳躍は説明がつかない。一応、魔術師の端くれであるドィームは、目の前の光景をそう判断した。
『でも、逃がさないよ……ケシシッ』
ドィームは、逃げる男女めがけて、生き肉の臭いをつける呪式を唱える。屍人の大好物である生者の臭い――この呪式をかけられた者はどこに隠れようとも逃れられない。
まさにその時、ドスリと胸に一撃、衝撃と共に何かが抉った。
「あ……?」
それは矢だった。ドィームは呆然とする。何故、矢が刺さっているのか。ここに、そんな武器を持っているやつは――
すっと、五十ミータほど先にある民家の屋根に人影があった。月明かりに浮かんだシルエットは――女。しかしその頭頂部には尖がった耳。臀部には尻尾。
――狐、の、女……ァ!?
ドィームは屋根から転がり落ちる。その瞬間、赤々と燃え盛る炎の柱が走り、屍人集団がなぎ払われるのが目に映った。
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