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第12話、ルベル村


 ルベル村の家々に灯っていた明かりが消えている。それは蝋燭ろうそくや油を使ったランプによる室内灯だ。ずいぶんと慎ましい明かりだと慧太けいたは思う。


 蛍光灯やネオンなどと比べると、か細くて遠目から見るとどこか頼りない。もっとも、近くで見ると案外ホッとするものだから、人というのは暗闇を本能的に恐れる生き物なのだろう。

 正直言えば、今日は月明かりが強く、外を歩く分には照明に頼らずとも歩けるくらい明るかった。相対的に周囲の光源が弱いから、とも言えるが。


 宿の二階の部屋。慧太は窓から外の様子を眺めていた。セラフィナは相変わらず、すやすやとベッドの上で休んでいて、目覚める様子がない。

 魔人軍がアルゲナム国境を超えて追ってくるとは思えないが、警戒は解かない。幸い、シェイプシフターの身体は生き物のそれと違い、かなり疲れにくく、数日の徹夜もまったく問題ない。眠り続ける彼女を守れるのは、いまは慧太のみだ。


 ――いや、オレのみではないな。


 村の西側には、分離させた小分身体を見張りとして配置してある。魔人軍が国境線を超えて進軍する可能性は低いとはいえ、万が一ということもある。


 ――静かな夜だ。


 わずか十キロも西では、魔人軍が徘徊し、国一つを飲み込んでいる。今しばらくは何事もなく済むだろうが、やがては魔人の軍勢はこのリッケンシルト国へ攻めてくるだろう。そう考えると、この静かな夜もいつまでもつことやら……。


 慧太は、ベッドで眠るセラフィナをじっと見つめる。国を奪われたお姫様。家族や仲間を失い、ひとりの彼女。


 確か、ライガネンという国を目指すと言っていた。これから彼女はひとりでその旅路につくことになる。……何故か、胸の奥が締め付けられた。


 女の子ひとりを危険な旅に赴かせることに、後ろめたさがあるのだろうか。アルゲナムの騎士姫。剣の腕前はなかなかのものがあるが、それでも彼女ひとりで遠大な旅を果たせるかどうか、まったくわからない。


 ――護衛を依頼されることは……あるのだろうか。


 もし頼まれたら、オレはどうするのだろう、と慧太はその考えを弄ぶ。たぶん、オレはそれを引き受けるだろう。彼女の行く道が苦難の道だろうことが容易に想像できるだけに、手助けすることに躊躇ためらいはない。


 だが、依頼となれば、報酬を求めなければいけない。慧太は傭兵だ。獣人の傭兵団に属しているから、というわけではないが、慧太の身とてタダで依頼を引き受けることは許されない。食べていくためにはお金が掛かる。稼がねば。


 ――まあ、オレは食費がかからないシェイプシフターだけど。


 生き物のそれと違い、食物を摂らなければ空腹で死ぬ――ということはない。だが傭兵団で世話になっている以上は、団の者たちにお返しをしなくてはならない。

 一番いいのは……お姫様が慧太に護衛を依頼し、そしてそれに見合う報酬を出してくれることだ。それならば、誰の迷惑もなく、仕事として彼女の旅を助けることが出来る。



  ・  ・  ・


  

『ケシッ、ここかい、国境線を突破した奴がいるって集落は』


 森の中からルベル村を見るは、不気味なフード付きローブをまとう小男だった。


 死体使い――魔人たちはドィームのことをそう呼んだ。


 年季が入ったその外套は飾り気がまったくなく、見ようによってはボロボロの布がかろうじてマントとなっているようでもあった。

 肉はほとんどなく、骸骨じみたその顔は、アンデッドの類と思われがちだが、ドィーム自身は、きちんと生きている魔人だった。……昔から死体と接しているが。


『ケシッ、ケシシシ……!』


 ドィームは、仲間うちからも不気味といわれる独特の笑い声を漏らした。


『せっかく国境越えたのにねェ……しょうがないね。逃すなって命令だからね』


 それに――


『国境越えられなくて死んじゃった奴からしたら、不公平だからねェ。……うん、しょうがないね』


 背後に、揺れるようにたたずむ無数の人影。ドィームが、すっと腕を振るうと、それらの人影が森を出て、ルベル村へとゆっくりとした足取りで進みだした。



  ・  ・  ・



 最初は、村人が他の村人の家を訪ねただけだと思っていた。


 明かりもなく、移動する村人。勝手知ったる村の中だから、ランプの油をケチってそのまま歩いているようにも見えた。

 が、その数が一人二人ではなく、それなりの人数が夜にも関わらず往来をはじめるとさすがに違和感を覚える。

 何かの会合やら行事というなら、明かりが一つもないのは、さすがに妙だ。


 一瞬、魔人軍かと思ったが、それなら国境側から来るはずだ。そちらに立てた見張りの分身体は何の報せもよこしていない。


 慧太は嫌な予感がして、部屋の窓を開いた。夜風が室内に入り込むが、同時に腐臭まで流れてきた。


 思わず眉をひそめる。かすかに感じたそれは、戦場で嗅いだことがある臭いだ。戦いのあってから数日ほど経った戦場跡で、野ざらしで放置された死体から漂う腐った臭いだ。


 ――なんで死臭が……。


 近くに死体でもあるのか? 慧太が疑問に思っていると、下のほうで戸を叩く音が木霊こだました。こんな夜中に宿を訪ねるにしては、その戸を叩く音が不規則かつ、妙に重々しい。ノックをしているのではなく、扉を叩いているような感じ。


『――おい、なんだこんな夜に――』


 下のほうで、宿の主人の不機嫌そうな声がかすかに聞こえた。寝ていたところを音で目が覚めてしまったのだろう。


 何かおかしい。不可解な外の様子。

 慧太はちらり、とベッドの上のセラフィナを見やる。相変わらずぐっすりお休みだ。


『おい、なんだ――うわあぁっ!』


 宿の主人の悲鳴が聞こえた。嫌な予感どころじゃなかった――慧太は部屋を飛び出す。さすがに様子を見に行かないのは普通にありえない。


 ほとんど駆け下りる勢いで階段をくだり、その折り返し地点で足を止める。

 ムッとする死臭が上がってくる。宿一階の扉は開き、ロビーに人だかりができていた。


 地獄の亡者めいた呻き声のようなものをあげながら歩くのは、屍人(しびと)――元の世界風にいえばゾンビである。

 大人も子供も老人も、男女も関係ない。服は赤黒い血に染まり、一部身体の部位が欠損していたり出血していたりしている。比較的綺麗な屍人もいれば、すでに肉が削げ落ち、腐ってしばらく経っているだろう屍人もいる。……臭いの原因はこいつらだ。


 ――まだ死体が綺麗なのは、この村の住民か……!


 歯噛みする慧太。屍人の先頭の連中が向かってくる。噛まれたりしたら普通の人間はゾンビ化――なんだろうが。

 果たしてシェイプシフターにも感染するのだろうか。ヤバイものが身体に入った時は、瞬時にその部分を捨てることができるから対処を間違えなければ問題ないだろうが……。

 木床をガタガタと踏みしめる音が迫る。慧太は、とっさに右手を振りかぶる。


「散弾!」


 振り下ろした右手の先から、無数の粒状の弾が飛んでいく。それらは先頭集団の屍人たちの身体に相次いで突き刺さる。

 爆発――!

 食い込んだ弾が、屍人たちの身体で爆発、その被弾箇所を吹き飛ばした。建物の被害を最小に留めるべくばら撒いた小散弾は、破裂と共に屍人の肉片と血を撒き散らし壁を染めた。


 ――やべ、腐乱死体はヤバイ病原菌とかがうようよしてるんだっけ……!


 ゾンビ化云々以前に、人間が触ったら病気に感染するかもしれない。そう思った途端、セラフィナの身が猛烈に心配になる。

 慧太は階段を駆け上がる。後続の屍人たちが追ってくる。


「爆弾!」


 慧太は右手から手榴弾ほどの大きさの球体を出すと、駆け抜けざまに階段に落とした。

 ばきっ、と木の床に落ちた爆弾は、直後吹き飛び、追手の先頭もろとも階段を粉微塵に吹き飛ばした。


 これで時間が稼げる。

 慧太は、セラフィナがいる部屋へと急いで戻る。

 それにしても、どうしてこうなったのか。まったく理解できなかった。

こまごまとした改稿。大きな変化はないですが、流れはスムーズ、かな……?

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