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第11話、化かす者《バケモノ》


 まさに変身だった。白銀の戦乙女然としたセラフィナ姫が、何の変哲もない少年戦士へと一瞬で変わった。

 突然目の前で起きたことに、アスモディアは驚愕する。


「シェイプシフターですって――!?」


 槍を構えなおし、シェイプシフターと名乗った戦士を睨む。


「あの化けるしか能がない魔物の? ろくに知性もあるか怪しい低能の!?」


 ひどい言いようだ。慧太けいたは、手にしていた銀魔剣を模していたそれを、いつもの片手斧に変える。


「そうだ、化けるしか能のないシェイプシフターだ。化かされただろう?」


 意地悪く口もとをゆがめれば、アスモディアはこちらは悔しげに唇を噛み締めた。


「本物のセラフィナ姫はどこに――?」

「だから、いまごろ悠々(ゆうゆう)と国境を越えているさ。北寄りのルートを通ってな」


 慧太は、さらに手ぶらな左手にも片手斧を作り出す。


「さて、わざわざオレがそのことを教えた意味、わかるよな?」

「……!?」

「ここでお前を殺すって意味だ」


 慧太は再度、加速し飛び込んだ。人間のそれを遙かに超える瞬発力。身体の造りが人間とも生物のそれとも違うシェイプシフターの加速は、まるで叩きつける鞭のように速い。


「ちっ!」


 アスモディアは後方へ飛び退く。それで距離をとって逃げられると思うなら考えが浅い――慧太の腕から身体の一部が飛ぶ。それは露出過多なアスモディアの胸、腹にベタリと這いつく。


「っ!?」


 魔人軍の女将軍は奇声をあげそうになる。ねっとり、たっぷりと粘着したそれは、たとえ欠片であっても不快感を与える。何かはわからないがもし薬品なら肌に悪影響をもたらす危険性もある。アスモディアは反射的に、自身の肌についたそれを引き剥がしつつ、背中の翼を一瞬で広げ、空へと逃げた。


おとりといつまでも遊んでいられないわ!」


 赤毛の美女魔人は言葉を投げつける。


「それに、わたくし、男には興味ないの」


 今のは捨て台詞だろうか。思いがけない攻撃を受け、長引くには危険と判断したか、身を翻したアスモディアは、北のキネルカル砦のほうへと飛び去る。


「ケイタ……!」


 リアナの声。見れば彼女は弓を構えて、逃げるアスモディアへと向けようとしていた。慧太は左手を上げて、それを止める。


「リアナ、いい。奴は見逃す」


 わざわざ自分が囮などと教えた本当の意味は、偽の情報を持ち帰ってもらうためだ。セラフィナが北寄りのルートで国境を越えたという嘘を。

 それよりも――慧太は、草原のいたるところに転がっている魔獣ギーナルダの死体を見やり、笑みが引きつる。


「全部仕留めたんだな。……さすがだリアナ」

「うん」


 と、コクリと頷く狐娘。無表情だが、どこか誇らしげに見えるのは気のせいか。ふさふさ尻尾が揺れている。


「よし、オレたちも追手が掛かる前に国境を越えてしまおう。……アルフォンソたちと合流する」


 本物のセラフィナを連れたアルフォンソ――ギーナルダに変身(シェイプチェンジ)して、国境を越えた二人。

 ……もちろん、セラフィナ姫に変身能力はないので、アルフォンソの身体の中に、カンガルーの赤ん坊のごとく収めての移動だが。そのためにわざわざ眠らせた。いくら国境を越えるためとはいえ、彼女がシェイプシフターに半身を取り込まれるなんてのを承服できるはずがないから。


 日が西の空に沈もうとしている。間もなく、夜が訪れる。



  ・  ・  ・



 国境を越え、リッケンシルト国へ。草原地帯を東へ進めば、深い森が広がっている。

 慧太とリアナは、アルフォンソとセラフィナと合流した。……したのだが。


『お姫様が目を覚ましません』


 ある意味洒落にならないことを、簡潔にアルフォンソは告げた。

 いつもの全身鎧姿のシェイプシフターが抱きかかえるセラフィナ姫は、たしかにまるで人形のように動かない。慧太は、お姫様を気絶させたリアナを見やる。


「やり過ぎた?」

「薬が効きすぎたかもしれない」


 彼女は腰のポーチから指先ほどの小瓶を取り出す。睡眠薬入りのそれを布につけて嗅がせたわけだが……。


「最近、強行軍だったから疲れているせいかも」

「……確かに」


 お姫様は聖都を出てから気が休まる時がほとんどなかっただろう。慧太たちと行動を共にしてからも、休める時には休むように言ったが、はたして休めていたかは疑わしい。

 アルフォンソが兜の奥で目を光らせる。


『これからどうしますか? 傭兵団のアジトへ戻りますか?』

「アルゲナムを出るまでは同行するとは言ったが……」


 慧太は自身の黒髪をかく。そこから先は何の約束もしていない。セラフィナ姫は、ライガネンだかを目指すというが、慧太たちには関係のない話だ。彼女に護衛を依頼されたなら話は別だが、そういうこともなかった。


「お目覚めになってくれないことにはどうにもな。まさか、ここに放置していくわけにもいかないだろう」 

「なら、彼女を連れて行く?」


 リアナが問うた。それが無難な気もするが――そう思いかけ、ふと顔をしかめる。


「いや、ドラウト親爺(おやじ)が何を言うかわかったもんじゃない」


 ハイマト傭兵団のリーダー、ドラウト。屈強な熊人(ベール人)であり、慧太たちのボスに当たる。

 聖アルゲナム国が魔人軍に落とされた今、その国のお姫様を連れて帰ったら……十中八九渋い顔をされるだろう。依頼でもないこの状況では特に。


「……この近くに村があったな」

『ええ、ルベル村が。それが何か?』

「オレはセラフィナ姫を連れて、ルベル村へ行く。彼女が目覚めるのを待って、今後どうするか話し合う」


 まあ、おそらくそこで別れましょ、となるだろうが。


「リアナとアルフォンソは、一足先にアジトへ戻って、親爺に報告してくれ。アルゲナムの現状と、これまでの経緯を。……たぶんオレたちの安否も気にしているだろうから、ひとまず無事だと伝えないとな」

「ひとりで大丈夫?」


 リアナが聞いてきた。この狐娘は、団のことより慧太のことを優先するきらいがある。何かあった時に傍にいないと手助けできない、と暗に訴えているようだった。


「心配なら、報告を終えてから迎えに来てくれ」


 慧太が笑みを見せれば、リアナはコクリと頷いた。……たぶん、彼女は慧太の言うとおりに報告したら、全速力で戻ってくる。そんな気がした。



 二人と別れ、慧太はセラフィナを背負って、森の中を移動した。

 普通なら歩くことも躊躇う夜の森。だが慧太は、シェイプシフターの部位変化で夜目が効く眼にすることで、暗闇の中を的確な足取りで進んだ。

 草を踏み、木の根を避けながら、森の中の細い道を行く。遠くで鳥の鳴き声、風に吹かれて揺れる枝葉の音がした。今のところ、注意すべき気配はない。


 お姫様は慧太の背中でよく眠っていた。

 ちらと振り向けば、安らかな寝顔のお姫様。かすかな吐息。麗しい美少女の顔が間近にあって、ガラにもなく慧太は緊張した。……可愛い女の子。その柔らかな身体が、背中の触れていて――

 何でこんなに緊張してるんだろう。だがその一方で、どこか懐かしさがこみ上げる。昔、妹を――


 慧太はそこで口を閉ざした。三十分ほど歩き、慧太は目指す集落に到着した。


 ルベル村。人口およそ五十人程度の小さな村である。

 村の境界に周囲を取り囲む高さ一メートルほどの石壁。石材と木で組み上げられた建物が十数棟。傭兵としての依頼で慧太は何度かにこの村を訪れている。

 迷うことなく、旅人や商人向けの宿を提供している二階建ての建物へと向かう。ぎしっと、年季の入った扉を押し開けると、宿の主人と目が合った。


「悪いが、空いてるかい?」

「……運がよかったな。もう閉めようと思っていたところだ」


 恰幅のいい髭面の主人は、あからさまなため息をつく。


「飯はないぞ」


 そう言いながら宿泊代を要求してきたので、慧太は支払った。部屋は二階だ、と言った主人は、慧太の背中に背負われている銀髪の少女を見やった。

 どこか不審の目。さらってきたとでも思われたかな、と慧太はセラフィナを背負ったまま、踏むたびに音を立てる階段を登る。


「ただ疲れて眠っているだけだよ」


 そのまま二階に上がると、突き当たりの部屋へと向かい、扉を開ける。

 すっかり熟睡されている銀髪のお姫様。慧太は小さく嘆息し、彼女をベッドに横たえた。

 何とも無防備。だがそれだけ疲れていたんだろうな、と慧太は思った。

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