第5話 魔王
アルデルが魔王の依り代ってことは、魔王になっちゃうってこと!?
さっき魔王様って呼ばれてたからもう―――――
「いや、アルデルのままだよね?」
まさか魔王がアルデルの記憶を読み取って演技してる?!
私はアルデルの身体を観察した。
「まだ乗っ取られていねぇよ」
アルデルは腕を組んで私が考えてたことをすぐさま否定してくれた。
「守護騎士の力でなんとか抑え込んでいる状態です。それもいつまでもつか」
「何かアルデルを魔王から引き離して元に戻せる方法はないの?」
このままではアルデルは魔王に乗っ取られて、仲間だった人も国中の人もすべて殺してしまうのだろう。
そんなことになってほしくない。
「大昔からどの時代どの国も魔王は巫女にしか倒せないと言われています。であれば巫女によって浄化できるのではないかと思っているのですが、今回オーキデンス帝国に巫女が召喚されたので、我々の願いを受け入れてくれるかは難しいですね…。」
オーキデンスの偉い人たちがが桃ちゃんをいいように利用するために、でたらめを教え込む可能性が高い。時間が経てば経つほど状況が私たちにとって苦しい状況になるのは明白だ。
「まだひよっこの状態で何も知らない今ならチャンスだと思って、会いに行こうとしたんだがな。」
「!だったら私に構ってないで、桃ちゃんに会いに行くべきだったのよ!!なんで悠長にして…っ!さっきも言ったけど私にはもう巫女の力はないんだよ!?」
「百年ぶりにお前に会えたんだぞ!?それに何故かオーキデンスの兵に命を狙われていた。側を離れずここに連れてくることが最重要だろ!」
アルデルは背もたれに預けていた身体を勢いよく上げ、私に言った。
大事にしてくれるのはとても嬉しかった。だけど…っ!
「自分の命のことを優先して欲しかった…っ!」
私はアルデルが救われる確率を減らしてしまったのだ。
召喚された時いらないことを言わなければ、アルデルはまっすぐオーキデンスの王都にたどり着いて、桃ちゃんと仲良くなって、そこで偶然私も出会えたらよかったんだ。
後悔が私の背中に重くのしかかる。
「二人とも落ち着いてください。コトハ、アルデルを責めないでください。私も彼が貴方を放っておいて巫女に会いに行っていたらこの拳でおもいっきり殴っていたでしょうし。」
「魔法使いが拳を使うんじゃねぇ。」
「おや?魔法使いが体術使ってはいけないという法律はルトゥースにはないですよ?」
アルデルとセウェリスは場を和ますようにふざけあっている。
「ごめんなさい…。」
「お前は悪くない」
頭をポンポンとアルデルに優しく叩かれる。
「ここまでたどり着くまで苦労したでしょう。今日はもうアルデルとゆっくりして下さい。明日のことは私の方で考えておきますので。」
笑顔でセウェリスに見送られ部屋を後にする。
「魔王様、コトハ様のお部屋のご用意ができました。」
先ほど目があったメイドさんが声をかけてきた。
「ああ、感謝する。以前と同じ場所か?」
「そうでございます」
こちらですとメイドさんが先導してくれる。
「待ってアルデル、この人のことなんか見覚えがあるような気がするの。だれ?」
アルデルの腕を引っ張ってこそっとメイドさんの名を尋ねた。
「ミニスですよ。コトハ様」
こちらに振り返って笑顔で答えてくれるメイドさん。
…たしかその名は、仲良しになった公爵令嬢のお付きのメイドさん。
「ステラのメイドさん!?」
「作用でございます。思い出していただけて大変光栄でございます。」
深々と頭を下げるミニスさん。
今のミニスさんは、足が蹄になっており、牛か馬のような耳を頭の上に存在していた。
ステラはルトゥース国の公爵令嬢で、とても可愛い美少女だった。右も左もわからず泣いていた私を姉のように優しくしてくれた親友。その大事なステラを幼い時から支えてきたそうで、私もたくさんお世話になった。
「どうしてミニスさんも魔族に?」
「立話はよくありません。歩きながら説明いたしましょう。さ、こちらへ」
長い廊下を3人で歩く。
「当初は魔族になった俺と守護騎士だけでルトゥースを防衛する予定だった。分霊箱に宿る魔王の力は5万の兵に匹敵したからな。」
5万人力ってこと…?おかしすぎる数字でしょ…。
アルデルはそんなバカみたいな敵と闘ったのか。
「アルデル様は魔族化されたあと、己が魔王と名乗り、ルトゥースの西側を占領すると嘘の演技をし、西側の民を王都より東に一斉に避難させました。オーキデンスとの戦いに巻き込まないように。」
ミニスさんは頭を少し下に下げ話し始めてくれた。
確かに恐怖は人を動かしやすいって言っても、英雄アルデルの評価は下がってしまったのは悲しすぎる。
「事情を知っている者の中でアルデル様達と共に戦うと決めたものは王都に留まり支え続けました。城下で見た者たちはその者達です。」
私は廊下の窓を見た。ちょうど城下の街がよく見える場所だった。
城下の人たちも人間だった人たちなんだ。じゃあ見知った人がもっといるのかもしれない。
「しかし人間の寿命は短い。オーキデンスに復讐を願うものが寿命が尽きるのを恐れ長く生きる魔族になりたがる者が現れたのです。戦が長引く中『魔王は眷属を増やすことができた。もしかしたらアルデルにもできるのではないか』と、アルデル様に尋ねてきた者がいました。」
ミニスさんは足を止め、たどり着いた部屋のドアを開けてくれる。
「お話の途中で申し訳ありませんが、お茶を用意してきてもよろしいでしょうか?長くお話をされて喉が渇いたでしょう。」
「ああ、戻ってくるまで俺がある程度話しておく。」
アルデルにお願いいたします。それでは一度失礼いたしますと頭を下げ、ミニスさんは扉を閉め、去っていった。
アルデルは近くの椅子に座り、お前も座れと促した。
「その眷属にして欲しいって奴のあまりの押しに折れてしまった俺は、眷属にする魔法を使った。どうなるかわからなかったし、失敗してバケモノになったら殺すと念を押して、何度もやめる確認をしてやった。」
なんていうことをアルデルに頼んだんだそいつは。困らせてるし、下手したらアルデルのトラウマになるんだぞ。
「それで成功した?」
「成功したが、変化には言い表せない苦しみが襲ったそうだ。それが落ち着いたらちゃんと意識をもったままの魔族になっていた。」
もうやりたくないと言う顔だ。
そりゃそうだ、仲間を苦しめたい性癖なんてアルデルにはない。
「その成功のせいで魔族になりたいやつが増えて、何人か眷属にした。そのあと、俺じゃなくても魔族になった奴が眷属契約魔法が使えることがわかり、まぁ、次第に増えていってわけだ。」
「凄く危険なことやらされたんだ…。よく王様が許したね。」
「俺の部屋の前にずっと土下座してるやつとかいたからなぁ…。流石にルトゥースの防衛の要である俺の足を引っ張りかねないと危惧して、幾度となる面談をクリアした者が、自己責任でと許可したんだ。増えすぎてやばいとなった時は法律で勝手に増やさないようにとお触れが出た。」
吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるとか、ウイルスでゾンビが増えるとかみたいな話だな…。
魔族になれば強力な力を得て戦える人数が増えるから、泣く泣くとも考えられる。私が王様だったら守護騎士だけでは防衛力に不安を感じると思う。
しかし魔の力を利用するのは王様だけでなく魔族になった人たちも葛藤があっただろう。
「ミニスさんは兵士じゃないけどどうして?」
非戦闘員は別に魔族化する必要はない。むしろ魔族化しないで子孫に守護騎士達を支えろと教えて一生を終えるほうが私的にはいいと思うのに。
「ステラの様をお守りするためですわ」
ミニスさんはお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「ステラ様は東へ避難する予定でしたが、貴重な治癒魔法をお使いになられるため、ご本人の強い希望により王都に留まりました。」
「ステラは人として人生を終えたの?」
「いえ…ステラ様は……。」
でもなんで歯切れが悪いのだろう。魔族化したの?
「ステラは戦が原因で寝たきりになった。東側の土地で療養している。今は無理だが一緒に会いに行こう」
「そっか。わかった。」
ミニスさんが安心したような態度でアルデルに向かって一礼した。
アルデルがステラについてはぐらかしたのは、魔族化により見た目が醜くなって誰とも会いたくないとか、そう言うことだったら掘り下げない方がいいよね。
「それでみんなに魔王様って呼ばれてるわけね。納得した」
ミニスさんが入れてくれた香りのいい紅茶を飲みながら言った。
「信憑性を高めるパフォーマンスだ」
アルデルは足を組み同じ紅茶をゆっくり飲み始めた。
一緒にお茶ができているのも不思議な気分だ。
昔、ただお茶とお菓子をたしなむだけなのに、お貴族様のお茶会なんてごめんだって言って、さっさとどこかに消えていったのを思い出す。
温かくておいしい紅茶が身体に染みてうとうとと眠たくなってきてしまった。
「疲れただろう。寝ろ」
「お着換えを準備してまいります」
ミニスさんは隣の部屋に向かい、アルデルはカップを置いて私を立ち上がらせようとした。
「まだ寝たくない…」
力が入らずぐにゃぐにゃな体制になってしまい、アルデルにしがみ付いた。
「ガキかよ」
「だって寝たらアルデルいなくなる……。起きたら夢ってならない……?」
アルデルの息の詰まる音が聞こえたと思ったら優しく頬をつねられた。
「いひゃい…」
「だったら夢じゃない」
アルデルは私を抱き上げ、ふかふかなベッドにおろした。
私の靴を脱がして放り投げ、毛布をかけてくれる。
ベッドに腰かけ、恐る恐る鱗に当たらないよう慎重に手を私のおでこにあててきた。
「寝るまで側にいてやるから」
優しい目で私を見下ろしている。今日の朝と同じ光景。
「手をにぎっててほしい」
「それは無理だ」
「てぶくろごしでいいから」
アルデルは子供に甘えられて困る親のようにはぁとため息をついて、腰から取り忘れていた残りの手袋をはめ、私の手を握った。
「もっとつよく」
厚い手袋越しだと感触がわかりにくい。
「わがままだな」
そう言って強く握ってくれる。
もう視界が定まらなくてぼんやりしている。
愛しい彼の声は怒っている風ではなく優しくて、しだいに私の意識は夢の中へ落ちていった。




