第3話 アルデル
コンコンと馬車の窓を叩く音で目が覚めた。
「国境の壁が見えてきたぞ」
窓を上げ身体を出して護衛の指さす方向へ視線を向けた。
よどんだ空気に包まれる国境付近の高い丘で壁に囲まれた町と同じく壁に仕切られたボレアスという国とルトゥース国の土地を眺めた。
地図を見ながら、かつてこの付近は美しい湖が広がっているはずだったと寂しさを感じた。
今では過去の見る影もなく高い防壁が長くそびえ立ち、壁の向こうは荒れた大地が見える。
「魔王が復活し、ここで戦があったあと草木が生えず、ずっとこの風景のままだそうだよ」
御者の男性が私の疑問に答えてくれる。
魔物の血液による土壌汚染だろう。その汚染を除去するのは巫女の仕事だった。
桃ちゃんが立派な巫女になってくれれば、ここも以前のように美しい姿に戻るのだろうか。
・
・
・
「ここがお前の部屋だ」
門を通り、馬車を降りた後、案内された宿の一室。
説明はそれだけで護衛の男はさっさと出て行ってしまった。
職場の場所を聞いていないのだけれど。こういうのって事前に挨拶しにいくものではない?
…と文句を言いたくなるが、彼は私の護衛が任務だが、実質内容は左遷だ。
旅の途中でなんで俺が、こんなブスと、なんて吐き捨てることが多くて気分が悪かったけれど、一応身を守ってくれていたので許した。
これからお世話になる部屋は2階の角部屋で、許容範囲ではあるが古い部屋だった。
空気を入れ替えるために窓を開けて、町全体を眺めた。坂の上にある通勤には不便なところだったが、町だけの景色はまあまあいい感じだ。
……お金が溜まったらいろんな場所へ行きたい。
窓辺にもたれかかり、壁に落ちていく夕日を眺めていた。
日が壁に隠れると一気に辺りは暗くなった。
そしてぽつぽつと建物の明かりがつき始める。
あの壁の向こうにはまだ街は村々はあるのだろうか。アルデルとデートした蛍の村は残っているだろうか。
いつか行けるように、桃ちゃんに立派な巫女になってもらって魔王を倒してもらおう。
もしこの世界にとどまる方法が見つかればルトゥース国をきれいな土地に戻したい。
であれば桃ちゃんに手紙を早く書こう。
私の過去に身に着けた巫女の力の使い方について。
カバンから紙とペンを取り出し取り掛かった。
1時間後仕上がった手紙を護衛にお願いした後、長旅で悲鳴をあげていた身体をいたわるように早々にベッドに入った。
・
・
・
数時間後何か騒がしい声で目が覚めた。
町の人達が騒いでいるのだろうと思いながら、身体を拭くためのお湯を貰おうと寝間着のまま一階に降りた。
店主もだれもいなかったので、キッチンを勝手に使わせてもらいケトルで湯を沸かし始めた。
ぼんやりとコンロの魔法石から燃え上がる炎を眺めていると、何やら慌てた声が。
聞き耳を立てるとあの女がいない。2階の角部屋の、間違いはないのかと、途切れ途切れに聞こえてくる。
………2階の角部屋って私の部屋だ!
反対側の角部屋は物置になっているから間違いない。
あのムカつく護衛は私が寝ると朝まで一切声をかけたりしない。
誰かが私を狙っている?
「誰かそこにいるのか?!」
魔法石の明かりに気づいた人が近づいてくる。
私は怖くなって勝手口から外に飛び出した。
護衛の男はどこに行ったのだろうか。階段を降りる前にドアが少し空いていたからちらりと除いのだけれど、部屋にはいなかった。
護衛なんだから夜も側にいなさいよ!と恨みを心の中で叫びながら、人のいそうな酒場を探して走った。
あの護衛は移動中でも酒を飲んでいたから、確率としては酒場か兵舎で誰かと飲んでるかだ。
四方から探せ!見つかったか?!などの声が聞こえてくる。
土地勘がないし、暗くて同じ場所をぐるぐるまわっている感覚になってきている。
怖い。怖い。誰か助けて。
社会人になって以降走ることがなかったから息切れが早い。
疲労で全身が痛い。
それでも安全な場所へ逃げなきゃ。
―――――――気付いたら町の外まで来てしまったようだった。
戻らなきゃ。と踵を返すと複数人の武器を持った男たちが立ちふさがった。
「ようやく見つけた。鬼ごっこは終わりだ」
男たちはニタリと笑った顔で私を見ている。
「…私に何か用ですか?」
「お前の口封じを依頼されてな。大人しく俺たちに従うってなら優しくするぜ?」
口封じ
その言葉を聞いて走っていたときよりも心臓がとんでもない速さで動いている。
恐怖により視界の焦点がぶれる。
呼吸が荒くなっている。
「わったしはこの国の招待客よ!殺せばいなくなったと判断し私の護衛が王様に報告するはず。貴方達はただではすまない!」
「教皇様直々の命だ。」
奥から護衛の男が歩き出てきた。
「ルトゥース国を知っているお前は帝国の危険因子となると判断された。ここで殺される運命だ」
護衛はスラリと腰に下げた剣を抜き私の方に切っ先を向けた。
100年前のことを知っていることがなぜ殺される理由になるの?
私は何もできないただの女なのにわざわざ首都から離れた場所に運んでまで何を隠しているの?
「優しき光よ、我を守れ!!」
「触れられぬ白壁を呼べ!道を閉ざす光よ!」
覚えている詠唱を唱えてみるも発動しない。
「魔力なしに何ができるというのだ。抵抗はせず大人しくすれば、痛みを感じさせずに殺してやる。」
「お前の命をレピド神に捧げる!!」
剣を振り上げようとしたとき一人の男が護衛の肩を叩いて止めにはいった。
「おいおいにーちゃん。遊ばずにやるのかい?やらせてくれるなら、今回の俺らのおちんぎんちいとばかし減らしていいぜ。」
その言葉に元護衛は了承したのか逃がすなよとだけ言って後ろにさがった。
げへげへと汚い笑い方をする男たちに囲まれ、腰が抜けて動けない私に複数の手が伸びてきた。
アルデルッ助けてっ!!
その時視界は真っ暗になった。
私は死んだ?わからないまま瞬きをした。
目を開くと視界全体に広がる満月に照らされた紅。
いつの間にか長く紅い髪の男が私に背を向けて立っていた。
私の回りを囲んでいた男たちがどさどさと笑った顔のまま倒れていく。
「誰だお前は…っ魔族か?!」
元護衛は剣を抜き直し紅い髪の男と対峙する。
「女一人に大勢とは告白にしちゃ男が廃るぞ?」
目の前に立つ男の声が鼓膜を震わせた瞬間、電流が走ったように全身が痺れ震えた。
生きてるはずがない。だって100年経ったって言っていたのだから。
彼は私と同じ人間だった。
この世界の人間の寿命も同じくらいだって昔聞いた。
うおおおと紅い髪の男に立ち向かった元護衛はなす術もなく首を切り落とされた。
紅の髪の男が指をパチンとならすと死体が紫の炎に包まれ灰になってしまった。
紅い髪の男は私の方に振り向いた。
目の前に立つ男は漆黒の角をはやし、両腕は鱗に覆われ、私を殺そうとした人たちを殺したことによって赤い血が滴っている鋭い爪。
かつての思い人の姿とは異なっているところがあるけれど、体格も顔の形も目の色も声も彼を彷彿とさせた。
「アル、デル……?」
気付いたら首を絞められていた。
爪が首の皮膚に食い込む。
「何故その名を知っている。庶民の人間で覚えている奴はもう一人もいないはずだ」
昔いやほど味わった殺気に身体が萎縮してしまう。
アルデルに似た人は私をにらみつけながら返答を待っている。
苦しい
抵抗するために男の腕を掴もうと手を上げると鱗ではない冷たく固い金属に当たる。
視線を腕に向けると、そこには見慣れた己が持っているデザインと同じ腕輪がはめられていた。
この腕輪は昔アルデル自身が彫った完全オリジナルだから、私とアルデルのもの以外は存在しない。腕輪が出来上がった後、無くさないようにって仲間が魔法をかけてくれたから他の人が奪うことはできないはず。
ああ!この人はアルデルだ!
嬉しさで胸が張り裂けそうだ!!
「何笑って…」
「うで、わ……」
限界が来た私は意識が遠のいて、力なく腕を地面の方に落とした。
困惑した紅い髪の男はうでわの言葉を聞いて琴葉の身体を見た。
きらりと光る己と同じ腕輪。
「……………コトハ」
「っコトハ!!」
首を放し崩れ行く琴葉の身体をすぐさま抱き止めた。
紅い髪の男は琴葉を抱き締めながら己の過ちを悔やむように涙を流していた。
パチリと目が覚める。
昨日から借りた古い宿の私の部屋だ。
横を向くと窓から入る太陽の光が眩しく目を細めたら、カーテンのように長い紅い髪が光を優しく遮った。
「コトハ」
心配そうに、紅の髪の男——アルデルがベッドに腰掛け、苦虫を嚙み潰したような顔で私を見下ろしている。
アルデルって短髪だったよね。一夜にして伸びる呪いでもかかったんだっけ?
「髪伸びたね?」
「第一声がそれかよ…」
呆気に採られたアルデルは大きなため息をついた。
あれ?昨日は何してたっけ?
角が生えたアルデルを見た記憶があるんだけど…。
「……今は人の姿に見えるようにしているだけだ。この通りお前の見た姿は夢じゃない。魔族の姿は不都合だったからな。」
そう言った後、アルデルの肌に鱗が現れ、漆黒の角が頭に2本あった。
「酸欠による記憶混濁を起こしてるな。俺のせいで、すまなかった。」
アルデルは深く反省している様子で頭を深く下げた。
「いいよ」
「おまっ、謝ってもすむ話じゃない。知らなかったとはいえ、お前を殺そうとしたんだぞ!!?」
「だって怒ってないもん」
アルデルは絶句している。
「気にしなさすぎんだろ…」
「アルデルは昨日の男の人達から守ってくれたし。本当に怒ってないの」
本音を伝えてもアルデルは納得いかないようだ。
罰を与えてほしいと思っているんだろう。
自分の腕を爪を立てて強く握りしめている。
それじゃあ傷ついちゃうよ。
「じゃあさ、罰としてアルデルの身体触っても、いい?」
「は???」
「アルデルの新しい一部どんな感触か知りたい。」
またまたアルデルは絶句して固まったようだ。変なことを言った?
「お前って存外すけべなんだな」
「????角触るのってすけべなの???」
沈黙
アルデルは観念したようにため息をついた。
「…腕はだめだ鱗と爪が固く鋭いから引っ掛かりやすい。」
渋々と下げられたアルデルの頭の固い角の溝をじっくりと感触を味わうように指でなぞり、次は固い髪を指で滑らせ、少しかさついた頬にたどり着く。
「アルデルだぁ」
暖かい涙が止めどなく私の頬を流れる。
「ああ、お前のアルデルだ」
彼も笑顔で返してくれる。
何て幸せな時間なのだろうか。
10年苦しみながら生きてきた。
もう、無理だと思っていた。
私は、アルデルが好き。
会えてよかったと私から強く抱きしめた。
アルデルは爪と鱗が当たらないようにと抱き返してはくれなかったが、私に身体を預けるように体重をかけてきた。
ずっとこの時間が続いてほしいのにと思いながら抱き締めていたけれど、アルデルの方から話を切り出した。
「俺はこの通り身体が魔族と同じものになってしまった。だから、他国に長居はできない。だから俺は戻らないといけない。」
確かにここにいてはいつか気付かれて命を狙われる。そしてかくまっていた私も罪にとらわれるだろう。
そもそも私も命を狙われている。
ここに居続ける理由はない。
「だから俺の城へ、ルトゥースについてきてくれないか?」
一緒に来てくれと言われて喜んだが、行先のその名を聞いて不安がまた押し寄せてきた。
ルトゥースは魔王に滅ぼされ魔物がはびこっていると聞いた。
そんなところに巫女だった私を連れていけばアルデルは狙われるのではないか?
私の不安を感じ取ったアルデルは私の手を優しく握り笑いかけた。
「今のルトゥースにはほぼ魔物はいない。いるのは俺と同じように姿が変わった仲間達だ。…たとえ何かあったとしても絶対に守ってやる。安心しろ。」
「…ほんとに?」
「ああ」
彼の言葉と笑顔はいつだって私を救ってきた。
迷ったときは彼が正しい道を指示してくれた。
からかうことはしょっちゅうだったけれど、命が関わる真剣な場面では嘘をついたりして不安をあおったりはしなかった。
だからきっと大丈夫。
アルデルの言葉に覚悟ができた私は彼の手を握り返した。
帰るんだ、私たちの始まりの国ルトゥース国へ。




