第2話 出発
目が覚めたら知らない天井。
簡素なベットから降りて窓の外を見た。
朝日に照らされた美しい街並みが朝霧に包まれていた。
本当にこの世界にまた召還されたんだ……
昨日は飛び上がりたいほど嬉しかったのに、今は絶望でしかない。
もう100年経っていると言うことは、魔王の手から逃れられたとしても人間の寿命であれば生きてはいない年齢だ。
せっかくまたこれたのに知っている人がこの世に存在しないなんて。
「一回きりでもいいから会いたかった…っ!」
どんと窓ガラスを叩く。
ガラスに映る己の顔がとてもひどい。
何のためにこの世界に呼ばれたのだろう。女神様は何をしている?また世界を救えと?
能力なしで?
不安で押しつぶされそうになり膝から崩れ落た。
昨日の召還の儀の後、何故か高校生の女の子と引き離され別々の建物で一夜を過ごすことになった。
この世界のこと知ったように質問したからだろうか。いやそもそも巫女の力どころか魔力が1ミリもなかったのが原因だろう。
召喚の儀の後、教皇含め何人か偉そうな位の人が警戒されているような目で私に『この世界のことについて書かれた本の話』を訊ねてきた。
私の過去であることを伏せて主人公が魔王を倒して元の世界に帰ったまでしか…と話したら、何故かほっとしたような態度だった。
もしかしたら都合の悪いことが書かれていると心配した…?
ルトゥース国以外の情勢は以前殿下が簡単に教えてくれたけれどすべての国についてはあんまり覚えていない。
旅で訪れた国の名前は覚えているけれど、オーキデンス帝国がルトゥースの隣にあったって記憶はない。帝国って名乗るほどの大きな国を全く知らないというのはありえない。
クーデターやらなんやらで王様が変わって改名したか、どこかの国が侵略したのだろうか。
「いくら考えても想像の域を出ないよね……」
これからどう生きていけばいいか早急に考えなければ。
情報が欲しい。この城の図書館の使用を許可してもらいたい。
コンコンとノックが静かな部屋に響き、メイドが入ってきた。
「お着替えが御済みになられましたら、王の謁見に参られよと命が下っております。」
王様が私に?お会いできるならチャンスは逃してはダメだ。
王様に仕事の斡旋もお願いしよう。
城を追い出されたとしてもお金が手に入る環境であればなんとかできる。
私はメイドさんが用意してくれた服をもらって急いで着替え始めた。
案内されたのは大きなガラス窓がたくさんある恐々しい謁見の間だった。
「お主がコトハだな?」
部屋の中央の玉座にはすでに髭をたくわえた豪華な服を着ている王と思われる男性が座っている。王の片側には側近だろうか。あとは部屋の両側に何人か人が立っていた。
「はい、御目にかかれて大変光栄です。コトハ・ミクモと申します。」
ルトゥース国で教えてもらった各国共通の礼儀作法で挨拶をする。
10年経ってもちゃんと覚えているもんだな。
「…モモとやらはこの世界の礼儀作法を知らなんだだったが、お前は知っておるのだな。異世界でも同じ作法があるのか?」
しまった。王様の機嫌をよくしなきゃと思ってたのに、やってしまった。
昨日から異世界人じゃありませんって風に振る舞ってしまっている。
「以前読んだ、ここ世界にとてもよく似た内容の本に礼儀作法について主人公が苦戦しながら覚えたと書かれていまして、この作法が正しいのかと思い実行してしまいました。間違えていましたら大変申し訳ございません。」
すぐに日本式の謝罪形式で対応し直した。
「はっはっはっ構わない。我らの世界が書かれた書物とは面白い。我が国のことはどう書かれていた?」
「ええと…(言っていいのだろうか)……オーキデンス帝国は書かれていませんでした。」
「なんと!真か」
「お前!我が国を記憶にも残らぬところだとバカにするために嘘をついたな!」
「嘘ではありません!本当に書かれていなかったんです!」
「よせ、大臣。…続けろ。」
王様が大臣を諫めてくれた。
私は説明を続けた。
「書物では100年前の巫女が魔王を倒し、元の世界に帰るまでのお話でした。作者はほかの国はあまり詳しく書かず、主人公たちのストーリーに重点を置いた書き方をしていました。」
「なるほどな。我が帝国はちょうど100年前の魔王が倒された後に建国した。もしその作者が巫女であればタイミング的に書かれてなくてもおかしくはないな。」
なるほど、私が覚えてないわけじゃなくてよかった。……でもなんだろうオーキデンスって国じゃなかったような…どこかで聞いたことがあるのだけれど。
「さてこれからが本題だ。巫女の検査でお主は魔力なしと診断され、桃が巫女であると確定している。お主はこれからどうしたいと考えておる。」
きた!交渉の時間。
「元の世界に帰してほしいってのは無理ですよね…?」
「それは無理だ。伝承では魔王を倒すと確実に元の世界に戻れると言う方法しかわからぬ。女神になら可能性はあるだろうが、巫女以外お目にかかった話は聞かぬ。すまぬがあきらめよ」
まあそうですよね。
緊張をほぐすように息を吸って吐く。
「私は魔力なしなので、桃ちゃ―巫女様と共に戦うことはできません。だからといって城に居座りお世話していただくのはのはあまりにも恥知らずなことなので、働こうと考えております。しかしこの国に関して右も左も知らないため陛下にお願いがあります。できれば働き口をぜひ紹介していただきたく存じます。」
噛まずに言えた。なるべくいい働き口を紹介してもらうにはいい大人を演じるしか手はない。
王様はひげを撫で少し考え、
「なるほどもっともな考えだ。許そう。お主にできそうな仕事を用意させる。自信があるものをいくつか紙に書いて使用人に渡すがよい」
「ありがたき幸せ」
「ちょっと待て」
深々とお辞儀をし、退出しようとすると王様に引き留められた。
「書物の話、もしかしたら巫女に役立つ内容があるかもしれぬ。全容を嘘偽りなく巫女に話せ。」
たしかに。これから魔王と戦うのだから巫女の力の使い方を教えるのはいいことだ。
早く魔王を倒してもらえれば家に帰れる。
「わかりました」
そういって踵を返して謁見の間から退出した。
少し歩いた廊下の角で複数人の男性と話す桃ちゃんを見つけた。
あちらも私を気付いたようで、
「あっ!お姉さん!おはようございます!」
「おはよう。ちゃんと眠れた?あっそうそう自己紹介遅れてごめんなさい。私三雲琴葉です。あなたは?」
「あっはい、あのっわたし姫野桃です!ご心配ありがとうございます!」
昨日とは違って明るくかわいい声だった。すこし緊張が解けているようだ。
「よかったら桃ちゃんって呼んでいいかな?」
「あっどうぞい「巫女様に対して無礼だぞ!!!」」
私に文句を言ったのは騎士の格好をした茶髪の熱血わんこ属性に見える青年。
「貴様!この方は魔王を倒す巫女様であるぞ!なんと無礼な呼び方を…様をつけろ!!!」
他の様々なイケメンたちもうなづきながら私をにらみつけている。
「落ち着いてカーニス。この人は私と同じ世界から来た人なんだから、そんな言い方はだめ!」
「もっ申し訳ありませんでした…」
ザわんこ系イケメンはしょんぼりしながら桃ちゃんの後ろへ下がった。
なるほど、異世界に来て元気になったのはイケメンたちに囲まれているからか。
「この人たちは…もしかして桃ちゃんの護衛騎士候補達?」
「そうです!気づいちゃいましたか!?」
桃ちゃんは一人ずつ彼らを紹介してくれた。
オーキデンス屈指の兵達らしい。
私も最初選ばされたなぁ。出会ってすぐに優しくしてくれた第二皇子のレニタスがいいって言っちゃって怒られたけれど、そのあと本当に私の守護騎士になってくれたんだよね…。
思い出に浸っていると桃ちゃんは私の腕を引いてイケメンたちに聞かれないように小声で訪ねてきた。
「あの琴葉さん。この世界のこと知ってるって言ってましたよね。この人たちの中で誰が攻略対象者なんですか?全員?」
「えっあの、それはわからない(ゲームじゃないし)」
「どういうことですか?あっ!もしかしてゲームでいう続編で、やってないからわかんないってことですか」
「あの実は違ってて…」
誤解を解こうにも周りに人がいすぎる。どこか二人っきりで話せたら---
「コトハ殿」
振り返ると協会の人が立っていた。
「仕事先が見つかりましたので、ご説明をしたく付いてきていただけますでしょうか」
「えっもう見つかったの!?」
王様の命なら無理やりでも職を作れそうだし、早いのはありがたい。
「琴葉さんお仕事するんですか?」
「うん、そう。私は魔王退治できないからね。ごめん、また今度話すね。」
そういって桃ちゃんと別れ、協会の人についていった。
「お仕事ですが、算術ができるとのことでルトゥース国とボレアス国との3つの国が隣接する国境の町で、行き来する者たちの関税を徴収する内容となります。」
それってもう完全に左遷じゃん。っていうか国境ってかなり危険な土地じゃん。
「国境は魔族が襲ってくる危険な場所だと思われます。私の身の安全は保障されるのですか?」
「護衛を一人つけさせます。問題ありません。」
何が問題ありませんだ。大ありだ。
どうせ護衛じゃなくて監視だろう。
「巫女様に書物について話せと王様から命令されているのですが…。」
「それは手紙で十分でしょう。紙や筆記具も不足にならないよう手配します。」
桃ちゃんと私を引き離したいのが明確だ。多分断っても別の仕事も遠い場所だろう。
早く魔王を倒すのはこの国にとってもいいことなのに、魂胆がわからない。
私が嘘を教えようとでも思っているのだろうか。
別の仕事に変えてと言ってみるか。
……………いいや、このまま国境へ行こう。
ルトゥース国を間近で確認したい。
仕事の了承をするとすぐさま必要な荷物とお金を渡され馬車に押し込まれた。
護衛は馬車の後ろについて来てるらしい。
ため息をついて硬い椅子に座りなおした。
どこかにみんなのお墓はあるのだろうか。英雄になった人たちだから銅像とか作られていたらいいな。道のりは長い。いろんなところに泊まるだろうし、行く先々で聞いてみよう。
期待で自らを慰めながら、かつての国が見える土地へ出発したのであった。




