第1話 帰還
私、三雲琴葉は過去に異世界召還されて世界を救ったことがある。
その時の私の年齢は16歳の高校生だった。
仲間と共に人々を苦しめていた魔王を倒し、その後私を召還した女神様によって元の世界へ戻された。
…なんて言うと中二病すぎて痛い大人だか、これは本当に起きた私の大切な忘れられない記憶。
元の世界へ帰ってきて10年、今の私はただの社畜。
異世界で大恋愛してしまった所為で、婚活が上手くいっていない。
マッチングアプリで良さそうな人と何人かデートしたけれど、「彼」の顔を思い出して全員長続きしなかった。
もう会えないから誰かで上書きしたいのに、今日もまたお付き合いを断ってきたお試しデートの帰りだ。
収入も見た目も許容範囲内でいい人だった。
私がいつまでたっても大人になれないせいで、大事な時間を奪い悲しい気持ちにさせた。本当にごめんなさい。
星ひとつ見えない眩しすぎる街をヒールをわざと大きく鳴らしながらゆっくり歩いている。
「アルデル、貴方に会いたい。」
きらりと光が反射した美しい装飾が施された腕輪を見つめながらぽつりと涙と共に愛した男の名がこぼれた。
アルデルは異世界で出会った元盗賊で粗暴が悪く、つんつんとはねた赤い髪で、きつくつり上がった金色の目をしていた男だ。
出会った頃は考え方が合わなくてよく口喧嘩して私をイライラさせていた。
あの世界では私は魔族に対抗できる力を女神から与えられた聖なる巫女として期待された。
よっしゃ!女神様の力で無双するぜ!…なんてことは私にはできなかった。言葉は通じるけれども字は読めない。魔法の発動方法がわからない。ステータス画面とか天の声とかもなし。女神さまからはこの世界を救ってとだけ言われて説明は一切なかった。
私の命を狙ってくる大勢の魔物、国民の人たちや私を守ってくれる人たちを死なせてはならないプレッシャー。慣れない旅による疲労。
アニメやゲームの主人公みたいに戦えるはずがなかった。
ずっと失敗ばかりでふらふらな私をある日突然アルデルは仲間に黙って私を誘拐したのだ。
何がなんだかわからないまま手を引かれ乗合馬車に乗らされた。
どこ行くの?と聞いたらわかんねぇの一言。
はぁ!?と私は怒ったら、お前が泣かなくていい場所と目も合わさず言った。
限界を感じて私のために連れ出してくれたのだった。
怖いなら逃げていいと言ってくれたのは仲間達の中でアルデルただ一人だけだった。
その時私は彼が好きだと気づいた。
知らず知らずに自分はアルデルの不器用な優しさに惹かれていたのだが、全くもって自覚していなかった。
その日はアルデルに抱き締められながらたくさん泣いた。
その後、アルデルが平和に生きれる世界にしたいと、彼のためならと覚悟が決まって仲間たちのところへ戻り魔王に挑んだ。
最後までアルデルは止めたがっていたけれど、言葉を飲み込んで最後まで側にいてくれた。
もう元の世界に帰れなくてもいいやってその時点で思っていたけれど、女神様は残酷にも私を元の世界に帰した。
女神様の説明では、女神様の力で異世界に私を無理やり繋ぎ止めていたけれど、異世界の星そのものが異物(私)を吐き出そうとしていて、そろそろ限界で私を異世界に留めることかできなくなったってことらしかった。
女神さまは星が生み出した守り神であって創造神ではなかった。
残ることができない事に涙を流しながら仲間とアルデルにさよならを言ってお別れをするしかできなかった。
元の世界に帰ってきて家族や友達と再開できたのはとても嬉しかったけれど、1ヶ月もたてば異世界に戻りたくなった。
いつまた召還されてもいいようにと両親に向けて遺書を書き残したり、持っていったら便利なものを詰め込んだ大きな鞄を常に持ち歩いたり、現代の科学技術を幅広く勉強しまくったりと愚かなことをしていた。
そうしないと心が壊れそうだったから。
「(もしまたあの世界に行けたとしてもアルデルが恋人を作ってるかもしれない。10年経ってるから結婚しててもおかしくない。新しいパートナーといるところを見てしまったら私は生きていけないのになぁ…。)」
と駅前のロッカーに預けていた大きな鞄を引っ張り出そうとしていると、歩きスマホで赤信号に変わったのを見ていない女子高生が横目に見えた。
「そこの女の子!危ないよ!」
何度も大声で呼び止めようとしたが、女子高生はイヤホンで聞こえていないらしい。
信号待ちしている人が他にいないから余計に気付いていないようだ。
歩道を進み続ける女の子に向かって走りだし引き戻そうと手を伸ばし服をつかんだ。
トラックの眩しいライトに視界が真っ白になった。
「巫女の召還成功だ!!!!」
「二人…!?どちらが巫女様だ!」
大勢の喜び声。
目を開けると西洋風の建物の中にいて、ファンタジーな服装な人々が大勢私たちをそ囲んでいた。
「また召還された…?」
すぐ横を見ると私の横には状況が分からず怯えている高校生くらいの女の子が隣にいた。
さっき助けようとした子だ。
「あの、ここはどこでしょうか?」
震えた声で一番豪華な服を着た教祖?みたいな人に尋ねた。
「申し訳ございません。右も左もわからないはずなのに、歓喜でご案内をしなければならないことを忘れてしまっていました。ここは偉大なオーキデンス帝国でございまます。私はこの国の教皇を勤めさせていただいております。」
オーキデンス…?どこかで聞いたことがあるような…。
続けて教皇は話す。
「隣国のルトゥース国が魔王復活により滅ぼされてしまい、現在は私たちの国が狙われ長い間戦い続けています。現状を打開するべく、古の伝承に習い魔王を倒すために聖なる巫女の召還の儀を行い、貴殿方を召還いたしました。」
「ルトゥース国?!」
その名前はよく知っている。過去の異世界で召還された国の名だ。
「その国の第二王子は?魔王を倒した人たちの名前は?!魔王の復活はいつ?」
まさかと思い過去の仲間達や優しくしてくれた人たちが全員死んでしまったのかと口早に質問を並べた。
喉は期待と不安が入り混じってカラカラな声が出た。
「あっああ、ええと魔王討伐の英雄の名はたしか…、レニタス第二王子、魔導士セウェリス、狩人ノクス、遊牧民パッセル、盗賊頭アルデルでしたでしょうか」
私の勢いに驚いた教皇はたどたどしくも答えてくれた。
その言葉に心が震えた。
やっぱりこの世界は私が召喚された世界だ!!
「100年前の英雄のことを知っているとは…。巫女様は異世界の人間ではないのですか?」
周りの人たちが訝しげな目で私を見ている。
え…?100年って言った?100年前ってことはもうみんな……。
胸が冷たくなっていく感じがした。
「…どうされましたか?」
「あっあの、私の世界でこの世界のお話があって…、その、知ってる名前を聞いてみました…!」
「えっ!?この世界ってゲームとかのやつですか!?」
女の子も驚いたような声を上げる。
「なんと!我々の世界が物語になっているとは。過去の巫女が帰還された際に本を出されたということでしょうか。」
女の子はさっきまでの不安そうな顔とは打って変わってどこかキラキラした目で私を見ている。
信じてもらえたのだろうか?一緒に女の子をだましてしまったのは申し訳ない。後で誤解を解かなきゃいけない。
とっさに言い訳をしてしまったけれど、巫女ではなくどこかの国のスパイとか思われたらきっとこれからの対応が悪くなる可能性がある。
ルトゥース国に行っても味方がいないなら私はこの国で元の世界に戻れるまで生きなければならない。
胸の苦しさに耐えながら立ち上がった。
「本来召喚されるの巫女は1人だと言われています。どちらかがレピド神の力を授かっているはずですので、これから検査を執り行います。」
レピド神……?この国では信仰する神はルトゥースと違うのだろうかとひっかかる。教皇は臣下に持ってこさせたものを受け取った。
以前私もそれを使って巫女認定された記憶にある魔法具だった。
「これに触れていただくと七色に光輝いたものが巫女だそうです。まずそちらの若い女性からお願いいたします。お名前は?」
「もっ桃です!姫野桃」
「それではモモ様、よろしくお願いいたします。」
女の子-桃ちゃんという子が魔法具に触れたとたん七色のきれいな光が部屋中に放出され雪のようにきらきらと天井から床に緩やかに落ちていく。
「おお!巫女様の誕生だ!!」
歓声があがり、私は巫女ではないという顔をしている人たちが多い中、いやいや私は過去に巫女に選ばれた女よ?と思いながら魔法具を触れる。
……何も起こらない。
「……え?」
離しては触れを繰り返すも何も起こらない。昔の感覚を思い出しながら魔法を使うイメージをしてもうんともすんともならない。
…私巫女じゃなくなっている?
「えっと…お姉さんは、私に巻き込まれてこの世界に来ちゃったのかな…?それならごめんなさい!!」
桃ちゃんが勢いよく頭を下げてきた。
魔力なしか…使えないななどがっかりした声が聞こえてくる。
「皆さん我が国初の巫女の誕生ですよ!祝いましょう!!」
空気を変えるように教皇の一言。
人々は私のことをいなかったのように振る舞い喜びの声を上げた。
過去に巫女として戦い世界を救ってお払い箱になった私がまた巫女になれるなんて、なれなくても魔法は使えるだろって思いあがっていた。
一人取り残された寂しさに泣きそうになりながら、この世界のこの時代の新しい巫女になった桃という少女を眺めていた。
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「魔王様。オーキデンス帝国で巫女が召還されたのことです。」
バルコニーで夜空を見上げている魔王とよばれた男は自身の長く血のような紅い髪を風に踊らせなが振り返る。
「そうか、俺が出向いて歓迎してやらないとな。」
「魔王様自ら?!」
「喚ばれたばかりの巫女など赤子のようなものだ。恐るるにたらん。過去の巫女がそうだった。安心しろ顔を拝みに行くだけだ。」
「そうですか…、わかりました。くれぐれもお気をつけて。」
従者は闇に混じるように、退室していった。
魔王は左手首にはめている少し傷がついた古い腕輪を長く美しい手でいとしむかのようになぞった。
魔王の冷たい手の体温よりも腕輪にはめ込まれている宝石がほのかに温かくなっている。
「コトハ、お前なのか……?」
時を同じくして、通された部屋で一人で眠る私の腕輪が少しだけ熱を持ったことに気付くことはなかった。




