第90話 誕生日宴・地獄サバイバルモード
狂暴に噴き上がる濃密な灰霧は、決壊した洪水のように、宴会の高台を無慈悲に呑み込んだ。
儀典官と、距離の近かった数人の貴族が勢いよく膝をついた。両手で喉をきつく押さえ、血の混じった黒い痰を咳き込み、目はたちまち白く裏返る。
灰霧は吐き気を催す腐敗臭を帯び、人々の感覚を狂ったように侵食していった。
高台の下では、灰霧が爆発した瞬間、墨飛はすでに椅子から身を低く滑り落としていた。
退避しようと力を込める直前、彼は本能的に、隣の椅子にいるフローラへ手を伸ばした。
ブゥン──
護符が発動する唸りのほうが一瞬早かった。フローラの首元のペンダントがたちまち澄んだ微光を放ち、防御陣が椅子の周囲に虚空から展開する。転がる灰霧を外に押しとどめる障壁となった。
墨飛の指が礼服の端に触れた瞬間、防御障壁の反作用で指先が痺れる。
光の幕の内側で、フローラは突然の混乱に少し取り乱していた。だが、墨飛が灰霧をかぶってまで自分を引っ張ろうとし、逆に防御の光幕に弾かれて手を振っているのを見ると、その目にかすかな驚きが走る。直後、令嬢は光幕越しに叱りつけた。「馬鹿、まず自分の心配をなさい!」
墨飛は目の前でフローラをしっかり守っている光幕を見つめ、空気を読んで手を引っ込めた。
……はいはい、課金プレイヤー。
フローラが耳元の流金星屑の耳飾りに触れる。微光が揺らぎ、澄んだ光幕は瞬時に外へ広がって、そばにいた墨飛も包み込んだ。
同時に、セバスは慌ててテーブルの下へ潜り込もうとしていたアーダイをひょいとつかみ上げ、防御障壁の中へ一緒に入れた。
「ついてきなさい!」令嬢は鋭く告げ、皆を連れて近くの大理石柱の後ろへ素早く退いた。
光幕に覆われた墨飛は後退しながら、目の前のシステムパネルをじっと睨みつけていた。
【警告:高濃度エントロピー環境を検知!】
【受動吸収機構起動。現在の EP 吸収効率が 1000% へ上昇。】
【EP + 0.01】
【EP + 0.015】
【EP + 0.02……】
高台の中央では、終火商会の代表に偽装していた男が五指を爪のように曲げていた。指先には息の詰まるような灰黒色の気流がまとわりついている。周囲から剣を抜いて駆け寄る王家の護衛たちを完全に無視し、血走った両目で城主夫人を捉え、獲物を狙う禿鷲のようにまっすぐ飛びかかった。
距離は一瞬で詰まった。男の干からびた顔に獰猛な笑みが浮かぶ。黒い気をまとった指先は、今にも夫人の華麗なスカートの裾へ触れようとしていた。
その千鈞一髪の瞬間、灰霧の中に銀の光が唐突に咲いた。
ブン!
重い衝撃音が空気を震わせる。城主夫人の胸元にある守護のペンダントが、まばゆい銀光を放ち、見えない堅固な障壁となって、その爪撃と激しく衝突した。
巨大な反作用が男を数歩、無理やり弾き飛ばす。干からびた手のひらには銀光に焼かれた焦げ跡がじゅうじゅうと刻まれ、彼は光を放つペンダントを愕然と見つめた。
強い風が顔を撫で、城主夫人の瞳孔がぎゅっと縮む。ようやく我に返った。
男が弾かれた隙に、長い尾がスカートの下から勢いよく伸び、椅子の座面を強く叩いた。その力を借りて城主夫人は宙へ跳び、城主の背後へ着地する。
城主の表情は冷たく沈み、腰の細剣はすでに抜かれていた。夫人が着地した瞬間、彼は片手で剣を横に払う。刀身の側面に刻まれた符文が激しく輝き、指向性の気流が刃口に沿って射出された。まばゆい銀白の風弧となって男を押し退け、周囲の灰霧を力ずくで切り裂いて隙間を開ける。
彼は肩を沈めて構え、夫人を背後にしっかり庇った。
「この腐敗したエントロピー能は……」高台の下で、錬金術師ギルドの支部長グリムは顔を鉄青にした。黒い気をまとった焦げた両手を睨みつけ、鋭く叫ぶ。「終焉熵教だ! あいつは教団の『幹部』だ!」
正体が露見した幹部は身を翻し、大広間の人々へ向き直った。両腕を広げ、まるで終末の神託を読み上げるように狂熱的に叫ぶ。「『痴の種』を見つけ出せ! 終焉の降臨のために! 我らを止められる者などいない!」
大広間の各所から突然、呼応する声が上がった。「終焉のために!」「終焉のために!」
数人の給仕と貴族の護衛が突然暴れ出し、両側の長い宴席を乱暴にひっくり返した。銀器と砕けた陶器が、がらがらと床一面に落ちる。貴族たちは悲鳴を上げ、場は瞬時に制御を失った。
混乱が席の間へ広がっていく。
聖女がすらりと立ち上がった。低く祈りを捧げ、手にした白金色の杖を握り締める。杖先が床を打つと、白金色の秩序の光が波紋のように広がった。渦巻く灰霧はじゅうじゅうと融け、半球形の白金色の秩序場が大広間に開き、怯える貴族たちを後方へ庇う。
「障壁の内側へ下がれ!」学院の席では、アルバート院長の指先の銀の指輪が幽かな光を放ち、足元に金色の錬成陣が轟音とともに展開した。回転する歯車状の盾影が瞬時に立ち上がり、周囲の人々をしっかり守る。
バーニーは鼻を鳴らし、機械仕掛けの右腕の弁を全開にした。汽笛の長鳴りとともに、排気弁から噴き出す高圧気流が狂暴な風の障壁となり、流れ込む灰霧を力ずくで吹き散らす。
ビズネス商会の席では、会長ソリドゥスが水のように沈んだ顔で、人差し指の純金の印章指輪を回した。溶けた金のように豪奢な防御ドームが、たちまち広がる。普段は傲慢な若君ドゥカも、この時ばかりは土気色の顔で父の袖をきつくつかみ、後ろに縮こまっていた。
同時に、王立エーテル開発局の席では、随行員たちが素早く軍用エーテル偏光バリアを起動し、迫る灰霧をしっかり遮断した。
大広間の各勢力が素早く防御網を作り上げるのを見ても、その熵教幹部には少しも退く気配がなかった。それどころか、口元の弧はますます大きくなり、悪意に満ちた嘲りの笑みを浮かべる。
「防御? 実に可愛らしい抵抗だ。」彼は冷笑した。銀光に焼かれて黒焦げになった右爪を、大理石の高台の縁へ叩きつける。五本の指は鋼の釘のように硬い石の隙間へ食い込み、狂暴なエントロピー能が黒い稲妻のように石目を伝って、大広間の後方へ一直線に走った。
ガァアアア──
大広間の奥から、極度に歪んだ凄まじい怪叫が唐突に響いた。
濡れた暗紅色の血肉が、大広間の四方の窓枠と扉の隙間から狂ったように繁殖し始める。太い筋繊維と血管が蜘蛛の巣のように絡み合って蠢き、瞬く間に窓と大扉を完全に塞いだ。
数十秒のうちに、外界から差し込む最後の一筋の天光も、その蠢く肥厚した肉壁に呑み尽くされた。
空気には錆びた鉄のような血の臭いが満ちた。
「諦めろ。」幹部の声が大広間に響き渡る。「ここはすでに血肉で完全に封じられた。外の軍は入ってこられない。そしてお前たちは……一人たりとも出られない! 『痴の種』を差し出せ。楽に死なせてやる!」
灰霧の奥から、骨が伸びる鈍い音が聞こえた。鋭い爪が石板を引っかく音も混じる。
霧影が幾重にも重なり、背骨の突き出た、四肢で這う歪んだ影が一体、また一体と這い出してきた。
墨飛は石柱の後ろにしゃがみ、目の前の終末が降臨したような光景を見つめた。瓶の中で騒ぐプロトタイプ1号をなだめながら、思わず心の中で毒づく。
この誕生日宴って、人脈づくりの交流イベントじゃなかったのか? なんで地獄サバイバルモードが始まってるんだよ?




