第91話 腐敗した聖遺物箱
【高危険度の未知生物を検知:エントロピー異形体】
システム提示が視界に跳ね上がった。
光幕の一側で、墨飛たちは防御網の外にいる、粘つく泥片が凝り固まってできた異形の怪物たちが狂ったようにぶつかってくるのを見ていた。
アーダイは顔を真っ青にし、思わず叫んだ。「くそっ! エントロピー魔だ! この体格と数……全部『穢』級だ!」
防衛線の前端では、護衛たちが臨時の防衛線を組んでいた。手にした規格ルーン長剣が光を発し、気流の刃を斬り出して、飛びかかるエントロピー魔を細切れにしていく。
アルバート院長と支部長グリムは共同で金色の錬成陣を支えた。攻撃を防ぐだけでなく、陣紋から密集した金属の杭を撃ち出し、近づこうとするエントロピー魔を地面へ固く縫い止める。
聖女の障壁は堅固な岩礁のようだった。数人の儀礼騎士がそばで護衛し、儀礼用の円盾をそろって掲げて壁のように連ね、白金色の秩序場を支えている。
魔法会の面々も秩序場に入ると、魔法を発動して攻め寄せるエントロピー魔を防いだ。
もう一方では、黒鉄ブラザーフッドも同じく包囲されていた。バーニーは一言も発せず、機械仕掛けの右腕全体から軋む音を立てる。その鋼鉄の巨拳は、正面から飛びかかるエントロピー魔を一体ずつ力任せに粉砕していった。
高台では、弾け飛ぶ剣気と灰霧の鞭が、大理石の床に蜘蛛の巣のような亀裂を裂いていた。
城主は目を細め、疾速の斬撃ごとに目も眩む銀白の風弧を引き、押し寄せる灰霧を力ずくで斬り開く。高台の反対側では、幹部の周囲で荒れ狂う灰霧が無数の歪んだ触手鞭となり、城主の気刃と激しくぶつかり合っていた。衝突で生まれる狂暴な気流のせいで、誰も容易には近づけない。
幹部は城主の攻撃を防ぎながら、鋭く命じた。「早く探せ! 『痴の種』を見つけ出せ!」
数人の狂信者が、すぐさま狂犬のように散った。
信者たちは倒れた食卓を狂ったようにひっくり返し、道すがらの装飾棚を叩き壊し、そこら中をかき回した。死体や悲鳴を上げる侍従の服を乱暴に引き裂いて身体検査する者までいる。さらに一部の信者は、床で苦痛に呻く群衆へ飛びかかり、鋭い爪で瀕死の者の胸を裂き、血でひび割れた床に歪んだ陣紋を塗りつけた。命を祭物にして、無理やり「痴の種」の反響を感じ取ろうとしているのだ。
セバスは、こちらへ突っ込んでくる信者を叩き伏せた。
フローラが張った澄んだ光幕の内側で、墨飛は異様な光景を一目で捉えた。
防衛線の前端で、護衛に切り刻まれたばかりのエントロピー魔の残骸が、灰霧の滋養を受けて蠢き、癒着して再構成され始めた。ほどなくして、再び跳ね起きる。
【環境エントロピーの継続上昇を検出。受動吸収効率上昇。現在の EP 吸収効率が 2000% へ上昇。】
【EP + 0.05】
【EP + 0.055】
【EP + 0.06……】
大広間の中央では灰霧が次第に濃くなり、エントロピー魔とともに、各勢力が支える防御網へ何度も何度も衝突していた。
墨飛にははっきり見えていた。聖女の秩序場には黒い斑点が浮かび、学院の金色の錬成陣は、無数の触手のような灰霧に絡め取られている。
「このままでは防御網はいずれ崩れる!」一人の護衛隊長も問題に気づいたらしく、歯を食いしばって怒鳴った。
「持ちこたえろ、俺があの箱を壊す!」言い終えるや、彼は霧を噴く黒箱へ猛然と突っ込んだ。手にした長剣のルーンを限界まで励起させ、凄まじい破壊力を宿した気流刃を振り抜き、黒箱へ一直線に叩き込む。
ドン!
気流刃が黒箱の外周に触れた瞬間、見えない壁にぶつかったかのように、力ずくで弾かれた。
反動の気浪は護衛隊長を直接吹き飛ばす。着地する暇もなく、二体のエントロピー魔が飢えた狼のように飛びかかり、瞬く間に彼を闇の中へ引きずり込んだ。
凄惨な悲鳴が大広間に響き渡る。後方の貴族と侍従たちはひとかたまりになって震えていた。
墨飛は霧を噴く黒箱を見た。いや、この時点でもう黒箱ではなかった。箱は黒い外殻を脱ぎ、蠢く血肉の外観をさらしていた。
【腐敗した聖遺物箱】
【状態:稼働中】
【成分:変異血肉組織 55%、変異骸核 30%、高濃縮エントロピー液 15%】
【備考:外周に高エネルギー反発場を展開。氷山美女なみに近づきがたい。】
それは四角い心臓のようだった。表面には暗紅色の脈絡がびっしり走っている。激しく収縮するたびに、頂部にある、縁に返し棘の生えた「血肉の気孔」が勢いよく開き、濃烈な灰霧を噴き出した。
墨飛はさらに大広間の四方を見た。分厚い暗紅色の肉壁が、灰霧の滋養を受けて狂ったように広がり、宴会場全体はすでに完全に封鎖されていた。
駄目だ。これは希望のない消耗戦だ。城主はあの幹部に完全に釘付けにされている。他の人たちも、非戦闘員を守る障壁の維持に全力を割かなきゃならない。あの発生源を片付ける手なんて、誰も空けられない……
彼は聖遺物箱の稼働を慎重に観察し、それが一定のリズムで噴出していることに気づいた。頂部で絶えず収縮する血肉の気孔は、開いて噴出する瞬間、反発場に必ず短い隙間ができる。
あの気孔が開く瞬間を狙って、何かで気孔を塞げば、あいつの噴霧を止められるはずだ! ただ……
墨飛は前方の混乱した戦場を見た。今、正面から突っ込めば間違いなく十死に一生もない。
「お嬢様、あの霧を噴く黒箱には隙があります。試してきます」墨飛の声は切迫していた。「ペニーに援護させてください!」
「正気ですの? あんなもの……」フローラはなおも言いかけたが、墨飛の目が真剣で揺るがないのを見ると、下唇を噛みしめた。「ペニー! 彼の安全を確保なさい!」
墨飛は防御光幕から勢いよく飛び出した。
灰霧に飛び込んだ途端、一体のエントロピー魔が咆哮しながら側面から襲いかかってきた。近づく前に、空中からまばゆい星屑が降り注ぎ、瞬時に重々しい金のレンガへ凝結する。
鈍く重い音とともに、金レンガはエントロピー魔の頭部を強打し、その体勢を崩した。
墨飛はその隙に折れた長剣を拾い上げ、高台へ向かって走った。
ペニーは金塵を吐き、墨飛が奇襲を受ける瞬間に実体の黄金の薄盾や重物へ凝結させ、致命的な妨害を強引に断ち切っていく。
地面に血の陣を塗っていた数人の狂信者が同時に顔を上げ、墨飛をまっすぐ捉えた。
「止めろ!」その一人が掠れた声で言う。「終焉の恩寵を、哀れな被造物に穢させるな」
墨飛の頭皮がぞわりと痺れた。
彼は半歩急停止して最初の飛びかかりを避けたが、肩を別の信者にぶつけられ、体勢が傾く。
「挟み撃ちまでできるのかよ?」墨飛は歯を食いしばって低く毒づいた。「お前ら邪教にも戦術授業があるのか!」
血にまみれた手が横から彼の袖口をつかんだ。ペニーが作った金レンガが襲いかかっても、信者は口元が裂けそうな笑みを浮かべたままだ。「終焉へ帰れ!」
墨飛は反射的に肘を相手の顔面へ叩き込んだが、自分の骨が痺れただけだった。
その時、戦場の反対側から低い命令が飛んだ。
「バーニー、墨飛坊主の道を開けてやれ」
「了解」
バーニーは人型戦車のように、側面から猛然と切り込んだ。
鋼鉄の巨拳に小細工は一切ない。墨飛の袖口をつかんでいた信者の横顔へ、真正面から叩き込まれた。その男の体は横へ吹き飛び、後方の二人の仲間を巻き込んでひとかたまりに転がる。
一人の信者がバーニーの脇の下をくぐり抜けようとした。バーニーは視線すら落とさず、機械腕を反手に返して相手の襟首をつかみ、破れた麻袋でも放るように横へ叩きつけた。
ドン!
大理石の床に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「走れ!」バーニーが冷たく言った。
墨飛は全力で前へ走った。
聖遺物箱まで残り三歩。彼は両手で折れた剣を握り締め、血肉の心臓の鼓動を見つめ、次の噴出を待った。
高台では、城主と激戦を繰り広げていた幹部が下方へ視線を走らせ、瞳孔をぎゅっと縮めた。
「虫けらが!」幹部は怒鳴った。周囲の灰霧が数本の太い触手に分かれ、墨飛へまっすぐ叩きつけられる。




