第65章 熵魔
「これは……巫術! なんて強い魔元素の波動だ!」
アーダイは泥濘の縁で呆然と立ち尽くし、その黒鎖から目を離せなかった。錬金術師である彼にとって、その理不尽な力は衝撃そのものだった。
夜空では、巨大な黒鴉が静かに旋回している。
地上では太い鎖が幽かな光沢を放ち、変異したエントロピー魔の歪み膨れた血肉へ深く食い込んでいた。怪物たちは狂ったように身をよじって逃れようとするが、すべて徒労に終わる。
囚われた獣たちの中で、あの人型のエントロピー魔が最も激しく抵抗していた。
胸元の半分の人面は憎悪を込めて高空を睨みつけ、表情は限界まで歪んでいる。
鎖が血肉に食い込む激痛も構わず、胸を膨らませ、体内に溜め込んだ黒く濁ったエントロピー霧を凝縮し、腐食の射流へ変えて空中へ激しく吐き出した。
漆黒の射流が大気を切り裂き、耳障りな気爆の尖音を上げる。その軌道には、焼け焦げた虚無だけが残った。
箒に乗った黒衣の女性たちは、すでに空中で警戒していた。
彼女たちは素早く魔杖を振るい、いくつもの濃い墨線を空中で交差させ、瞬く間に巨大な黒い蜘蛛の巣を織り上げる。
漆黒の射流は破滅の勢いをまとって激突し、耳をつんざく消融の爆鳴と気爆を引き起こした。だが最後には、その蜘蛛の巣に半ばで強引に食い止められ、空一面に渦巻く黒煙となって崩れ散った。
さらに二つの黒衣の影が左右から回り込み、魔杖の先を同時に向ける。地面からまた二本の黒鎖が噴き出し、魔物の崩れかけた胸元の巨大な顔に荒々しく交差して絡みつき、完全に封じ込めた。
鎌のような異化した腕が数度よじれ、やがて痙攣しながら垂れ落ちる。
「今のうちに、浄化陣を」
聖女の声は掠れて弱く、口元には血が滲んでいた。それでも、その口調は有無を言わせない。残った騎士たちは彼女を中心に素早く陣形を組む。
彼女は目を閉じ、両手を胸の前で組み、祈りの姿勢を取った。今回の蓄力時間は、これまでのどの術式よりも明らかに長い。
柔らかな金色の光が掌から灯り、やがて全身へ広がっていく。光はますます眩しくなった。
「浄化」彼女は低く唱えた。
まばゆい金光が意志に従い、実体を持つかのような巨大な光柱となって天から降り注ぎ、黒鎖に囚われた変異怪物たちを正確に撃ち抜いた。
光柱に照らされ、怪物たちはもがき、咆哮する。だがその体は制御不能に溶け崩れ、最後には黒煙の筋となって散っていった。
光柱が完全に消え去ると、地面にはいくつもの焦げ跡だけが残った。
その致命の一撃を放ち終えたあと、聖女の体から力が抜けて倒れかかる。それをモーフェイがしっかり受け止めた。
地上の危機は解かれた。だが半空の招かれざる客は、まだ去っていない。
巨大な黒鴉がゆっくり高度を下げる。翼が巻き起こす気流が、残った灰霧を吹き散らした。
先頭の黒衣の女性は鴉の背に立っている。その視線は最初から他の誰にも向けられず、まっすぐカミラに落ちていた。
「大魔女、帰る時間です」黒衣の女性の声には、いかなる起伏もなかった。
その一言で、一同の視線が一斉にカミラへ集まった。
カミラはまだ変身後の少女の姿を保っている。呼びかけに対し、彼女は冷たく鼻を鳴らし、腕を組んで顎を上げて言い返した。「余計なお世話よ。今は楽しくやってるんだから、帰らない!」
黒衣の女性は怒らず、ただ二本の指を軽く曲げた。
黒い鎖が虚空から伸び、音もなくカミラの腰と手首へ絡みつく。そのまま彼女を丸ごと捕らえ、逆さに引きずり上げた。
「えっ──」
カミラが抵抗する暇もなく、体はすでに地面から引き離されていた。彼女は空中で振り返り、一同の方へ叫ぶ。「ロック! 報酬はあとで取りに行くから──」
言い終わる前に、黒鴉は森の奥へ向きを変えた。鎖はぴんと張り、人を絡め取ったまま、まだ完全には散っていない灰霧の奥へ消えていく。
「約束の三割増し、忘れないでね~~~!」
カミラの最後の声が空気にこだました。
「二十五パーセントの約束じゃなかったか。こっそり値上げしてるし」ロックは遠方を見つめ、言葉を失っていた。
……
エントロピー魔が消滅したあと、濃霧はついに支えを失い、ゆっくり散っていった。
久しぶりの陽光が差し込み、荒れ果てた戦場を照らす。
都市全体を覆っていた防護罩の符文も、ようやく明るさを失って暗くなり、最後には砕けた泡のように消え散った。遠くの高塔から沈むような鐘の音が響き、この封城と戒厳令の正式な解除を告げる。
一同はようやく入城した。騎士団は昏睡した聖女を教会へ護送して休ませ、モーフェイたちも別れの時を迎える。
アーダイは約束どおり庇護料を支払い、一同に別れを告げた。
ヴァルクは感覚で三分の一ほどを掴み、モーフェイへ渡す。「お前の取り分だ。例のものを出せ」
モーフェイはプロトタイプ1号をつまんだ。小さなやつは不満そうに二度ほど身をくねらせ、「ぷっ」と微光を放つ古曜原晶を吐き出した。
モーフェイはそれを袖口で適当に拭き、ヴァルクへ差し出す。「ほらよ。次にこういううまい話があっても、俺を誘うな」
ヴァルクは晶石を深く見つめ、厳かにうなずいて受け取った。その後、ロックとともに身を翻し、徐々に活気を取り戻しつつある街の人波へ消えていく。
一連の騒動を経て、モーフェイは疲れ切った足を引きずり、一刻も早く工房へ戻って倒れるように眠りたいと思っていた。
しかし、「点石成金工房」の看板が見えた時、入口に銀色の軽鎧をまとった衛兵が二人立っているのに気づいた。装備は明らかに普通の警備隊より上等だ。
モーフェイが近づくと、そのうち一人が一歩前へ出た。顔を確認したあと、厳しい口調で告げる。「お前が点石成金工房の店主、モーフェイか。城主様の命令だ。ただちに召見する」
「城主? 俺を?」
衛兵はうなずいた。
モーフェイは頭を素早く回転させたが、城主が自ら召見する理由など何一つ思い当たらなかった。ただ一つだけ確かなことがある。これは断れる招待ではない。
本当に、息をつく暇もくれないな。
モーフェイは仕方なく衛兵について馬車に乗った。目的地は、領主城。
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「あなた、昨夜は本当に怖かったの。わたくし、すごく怖くて~」
「大丈夫、大丈夫。もう全部片づいただろう」
モーフェイは城主の執務室で気まずく立ち尽くし、目の前の二人がいちゃつくのを見ていた。
「よし、仕事の話をする。君は先に出ていなさい」
「それなら今日は早めに帰ってきてね。驚きを用意してあるの」
城主夫人は城主の頬に口づけをし、それから扉へ向かった。表情はいつもの冷ややかな高慢さへ戻っている。
ただ、モーフェイの横を通り過ぎる時、意味ありげな眼差しを残していった。
「んんっ。君がニコラスの弟子か?」城主は咳払いをした。モーフェイの返事を待たず、深紅の封蝋で封じられた手紙を取り出し、机の端へ押しやる。
「事情は少し複雑だ。まずこの手紙を読み終えなさい」
モーフェイは疑問を覚えたが、それでも前へ出て封筒を手に取った。
視線が封蝋に落ちた時、それがニコラスの印だと気づいた。
強烈な不安が胸に込み上げる。それでも彼は覚悟を決めて封を切り、縁が黄ばんだ羊皮紙を取り出した。
その一行目を見た瞬間、彼は全身が石化した。
そこには、見慣れた筆跡で、見慣れない一文が書かれていた。
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