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小悪魔令嬢の陥落~正体不明の第二王子に身も心も奪われ、裏切り者たちを奈落へ突き落とす~  作者: 猫野 にくきゅう


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第12話 社交界の鎖(仮面舞踏会の支配)

 煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぎ、むせ返るような香水と酒の匂いが満ちるホール。

 そこは、かつて私が「王太子妃候補のルチア・ベルローズ」として、誰よりも美しく君臨していた社交界という名の戦場だった。


 しかし今、黒いレースの仮面で素顔を隠した私は、薄暗い牢獄でただ一人の男に調教された一匹の雌犬として、その端に立っている。


「……っ」


 周囲の華やかさに当てられ、思わず身をすくませた私の腰を、隣に立つ男――黒の夜会服フォーマルを完璧に着こなしたカイルの強靭な腕が、グッと乱暴に引き寄せた。


「怯えるな。前を向け、雌犬」


 耳元に落ちた低い命令。

 布越しでも伝わる分厚い掌の熱に、私の身体はビクンと反応し、条件反射のように背筋を伸ばしてしまった。


 仮面の奥から彼を見上げる。


 粗野で野蛮な一介の兵士のはずなのに、仕立てのいい夜会服に身を包んだカイルからは、周囲の貴族たちすら圧倒するような、底知れぬ王族のようなオーラ(覇気)が放たれていた。


 やがて、優雅なワルツの旋律がホールに流れ始める。

 カイルは私を見下ろすと、有無を言わさぬ動作で私の手を取った。


「踊るぞ」

「え……? ちょ、ちょっと待って……」


 私が戸惑う間もなく、彼は私をフロアの中心へと引きずり込んだ。

 そして始まったダンスは、私の予想を遥かに超えるものだった。


 彼の手のひらが私の腰を抱き、足を踏み出す。

 そのリードは、技術という言葉では生ぬるい、完全な『支配』だった。


 私がどちらに動くべきか、彼が全てを力強く、かつ優雅に決めていく。

 私が転ぶ隙も、抵抗する隙も一切与えない。一歩踏み込むごとに太ももが密着し、ドレス越しに彼の熱い体温が直に伝わってくる。


(この人、一体何者なの……!? 兵士の身分で、こんな完璧なステップを踏めるわけがないわ!)


 疑念が頭を渦巻くが、それ以上に、彼の強引なリードに身体を預けていることの快感が勝っていく。


 逃げられない。

 逆らえない。


 私がどんなに令嬢としてのステップを踏もうとしても、彼はそれを容易くねじ伏せ、自らのリズムに私を従わせる。その圧倒的な「抗えなさ」が、私に『彼に従うしかない』という最高に甘い言い訳を与えていく。


「あ……んっ、ぁ……」


 フロアの真ん中だというのに、彼の太ももが私の足の間に深く入り込むたび、膝がガクガクと笑い、腰の奥が蕩けきってしまいそうになる。


(こんなに大勢の人がいるのに……私を触っているのは、この野蛮な男だけ。私がどこで感じるか、全部知っている手で……。ああ、なんて……なんて気持ちいいの……)


 華やかな音楽と豪華なドレスという「表の美」の中で、私だけが、首筋に刻まれた淫らな噛み痕を隠しながら男に腰を砕かれているという「裏の淫らさ」。


 その極端なコントラストが、私の頭を真っ白に染め上げていった。


 一曲が終わり、息絶え絶えになった私を、カイルは強引に抱きかかえるようにして会場の端へと連れ出した。


 壁際に立たされると、フロアにいる他の男たちの視線が――

 私に一斉に突き刺さった。


 仮面をつけているとはいえ、私の露出した白い肩や、そこから覗く赤黒い『噛み痕』、そして何より、カイルに乱されて熱く火照った淫らな姿は、男たちの下劣な劣情を痛いほどに煽っていた。


「ひっ……!」


 値踏みするような視線の数々に羞恥で身がすくむ。

 その時、カイルが背後から私の肩をすっぽりと包み込むように抱きしめた。


「見ろ、お前は注目の的だ」


 カイルが鋭い眼光でフロアを睨みつけると、私を舐め回すように見ていた男たちが、ビクッと肩を震わせ、蜘蛛の子を散らすように目を逸らしていった。


 誰も、カイルの圧倒的な「雄」としての覇気に逆らえない。

 彼らは私を欲情の目で見ても、決して手出しはできないのだ。


 その瞬間。

 私の胸の奥底で、ドロドロとした黒い感情が甘く弾けた。


(……私を捨てたセドリック様なんて、あのクロエと一緒に、あっちの男たちと同じように群れているだけのちっぽけな存在じゃない……)


 私は今、この会場にいるどの男よりも強く、恐ろしい「最強の雄」の腕の中にいる。大勢の男たちに欲情されながらも、誰にも触れさせない彼の『絶対的な独占物』であるという事実。


 それが、傷ついていた私の自尊心を異常なほどに満たし、セドリックと一緒にいた時よりも遥かに強い、歪んだ優越感と安心感を与えてくれたのだ。


 カイルは私の耳を甘く噛むと、低い声で囁いた。


「他の男たちが欲情しているぞ。……だが、お前を抱けるのは俺だけだ」


「……っ、はい……」


 大勢の人が行き交う華やかな社交界の片隅で。

 私は仮面の裏で熱く瞳を潤ませ、自分の主人にだけ向けた、甘く従順な溜息をこぼした。

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