第090話 リリアの魔法講座
朝食を終えたクロウフォールの拠点には、穏やかな時間が流れていた。
リリアは自室で魔法理論の整理をしていた。机の上には羊皮紙が広げられ、複数の魔法陣が描かれている。緑の瞳が一つひとつの式と線を追っていた。
「この魔力循環を少し整えれば、無駄な消費を抑えられるはず……」
コンコン。
扉をノックする音が響く。
「はい、どうぞ」
扉が開き、セリスが顔を覗かせた。
「リリアさん、今お時間ありますか?」
「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」
セリスが部屋に入り、その後ろからセイラも静かに姿を現す。
「魔法のことで、少し相談があって……」
「座って。どんな話かしら」
セリスは椅子に腰掛け、セイラは壁際に立った。
「水魔法を、もっと効率よく使えるようになりたくて。回復魔法を使うと、どうしても魔力の消費が大きくて……」
リリアは頷いた。
「それは制御の問題ね。理論を理解すれば、同じ効果でも消費は抑えられるわ」
セイラが低く言った。
「……氷の制御についても、聞きたい」
「もちろん。氷魔法は水魔法の派生よ。ただし、温度変化を伴うぶん制御が難しい」
リリアは羊皮紙を広げ、指先に魔力を集めた。空中に淡い光の線が浮かび、円を描く。複雑な魔法陣が静かに形を成した。
「魔法陣は、魔力を安定させるための“型”よ。空中に展開して使うのが基本ね」
セリスが息を呑む。
「……きれい……」
「でも、形は人それぞれ。理解の仕方が違えば、陣も違う」
セイラが指先を上げる。白い光が走り、氷属性に特化した魔法陣が浮かび上がった。
「……私の陣」
「ええ。性質がはっきり出ているわ」
リリアはセリスを見る。
「あなたの水魔法の陣も見せてくれる?」
セリスが頷き、魔法陣を展開する。リリアは真剣な表情で観察した。
「……ここが少し歪んでいるわね」
「えっ」
「この線が乱れているから、魔力が漏れてしまうの」
「そんなところまで……」
「戦闘中は特に崩れやすいの。焦りや感情も影響するわ」
セイラが呟いた。
「……暴走の原因か」
「その可能性は高いわ。感情が陣を歪めるの」
その時、扉が開き、アイリスが顔を出した。
「なにこれ、勉強会?」
「魔法講座よ」
「へぇ、面白そう!」
続いてカイルも姿を見せた。
「魔法の話ですか?」
「興味があるの?」
「はい。使えなくても、仕組みは知っておきたくて」
リリアは微笑んだ。
「良い姿勢ね。座りなさい」
簡単な図を描きながら、リリアは説明を始める。
「魔法は、魔力を意図した形に変換する技術。その補助が魔法陣よ」
カイルは真剣に聞いている。
「魔力は誰にでもある。ただ、使い方が違うの」
「……俺にも?」
「ええ。あなたは魔力を身体強化として使っている。無意識にね」
カイルが目を見開いた。
「無意識で……?」
「剣を振る時、盾を構える時、体内で魔力を循環させているの」
アイリスが感心したように言う。
「なるほどねー」
セイラが静かに尋ねた。
「……暴走を防ぐには」
「感情の制御が鍵ね。消す必要はない。ただ、流されないこと」
セイラは小さく頷いた。
その後、エルザが無言で入室し、壁際に立つ。
「……興味がある」
「歓迎するわ」
廊下にはハンスの気配もあったが、彼は入らず静かに聞いていた。
「知識と訓練、両方が必要よ」
「もっと学びたいです!」
「……制御を身につける」
「俺も強くなります!」
リリアは全員を見渡し、穏やかに言った。
「焦らず、一歩ずつね」
廊下でハンスが小さく頷いた。
その様子を、通りがかったユイが静かに見ていた。
――みんな、前に進もうとしている。
それは、クロウフォールにとって確かな成長だった。
リリアの魔法講座は、夕方まで続いた。
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