第089話 男たちの筋肉談義
朝の光が中庭に差し込む。澄んだ空気の中、鳥のさえずりが聞こえていた。その静かな時間を破るように、地面を叩く音が響く。
カイルが上半身裸で筋トレをしていた。
銀のプレートアーマーは脇に置かれ、鍛え上げられた体が露わになっている。腕立て伏せを終え、次はスクワット。そして大剣を手に取り、素振りを始めた。
「ふっ、はっ!」
掛け声とともに剣が空を裂く。汗が額を伝い、呼吸が整う。カイルは満足そうに頷いた。
そのとき、巨大な影が中庭を横切った。
ハンスだった。
入口で立ち止まり、青白く光る瞳でカイルを見つめている。視線は、筋肉に向いていた。
「おはようございます、ハンスさん!」
カイルが明るく声をかける。ハンスは無言のまま、じっと見ている。
「ハンスさんも一緒にやりませんか!」
少しの間を置いて、ハンスが装備の留め金を外し始めた。金属と岩が擦れる音が響き、やがて巨体から装甲が外れる。
現れたのは、筋肉というより岩のような体だった。
「おお……すごい筋肉ですね!」
「……鍛えている」
低い声で、それだけ答える。
「やっぱり! 僕も毎日やってるんです!」
二人は無言で地面に手をつき、腕立て伏せを始めた。
「筋肉は……裏切らない……!」
カイルが息を吐きながら言う。
「……そうだ……」
珍しく、ハンスの声にも力がこもっていた。
「この大胸筋! 盾役の要です!」
「……重要だ」
「腹筋も見てください!」
カイルが立ち上がり、腹筋を叩く。引き締まった音がした。ハンスも立ち上がり、自分の腹部を叩く。
ゴン、と鈍い音が響く。
「すごい! 岩みたいです!」
「……岩だ」
「あ、そうでしたね!」
カイルが笑う。ハンスも小さく頷いた。
そこへ、洗濯物を抱えたセリスが中庭に現れた。二人の姿を見て、足が止まる。
「え、えっと……何してるんですか……?」
「筋トレです! 見てください、この大胸筋!」
セリスは顔を赤くし、視線を泳がせた。
「は、はぁ……」
「触ってみますか!?」
「い、いえ! 結構です!」
洗濯物を抱え直し、逃げるように去っていく。カイルは首を傾げた。
「なんで逃げたんだろう」
次に通りかかったのはアイリスだった。状況を一目見るなり、吹き出す。
「何やってんの、あんたら! 朝から!」
「男は筋肉です!」
「……そうだ」
ハンスも頷く。
「ハンスまで本気だし! あはは!」
笑いながら立ち去っていく。
入れ替わるように、リリアが現れた。二人を見るなり、呆れた表情になる。
「……一体、何の儀式ですの?」
「儀式じゃありません! 男の鍛錬です!」
「服を着てからやってくださる?」
冷たい一言に、カイルが肩を落とす。
「はい……」
さらにエルザが通りかかる。
「エルザさんも見てください!」
「……興味ない」
一瞥すらせず、通り過ぎていった。
「えっ……」
セイラも姿を見せる。二人を見るなり、淡々と言い捨てた。
「……理解不能」
そのまま去っていく。
最後にユイが現れた。状況を一目で把握し、短く言う。
「……何をやってる」
「あ、ユイさん! 筋トレです!」
「訓練なら装備を着けろ」
「すみません!」
カイルが慌てて装備を拾う。ハンスも無言で装備を戻した。
「朝食の時間だ」
ユイはそれだけ言って去っていった。
中庭に残ったのは二人だけだった。
「……やりすぎましたかね」
「……そうだ」
「でも、楽しかったです!」
「……そうだ」
短い会話だったが、どこか満足そうだった。
「また一緒にやりましょう!」
「……ああ」
男同士の絆は、確かに深まった。
ただし――
女性陣からの視線は、確実に冷たくなっていた。
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