第073話 圧倒的脅威
殺気。
それは、ユイの全身を貫いた。
前世で何度も感じた感覚。
だが、今の肉体では、その重さが違う。
息が止まる。
全員が振り向いた。
廃墟の奥。
崩れた建物の影から、何かが立っている。
いや、現れたのではない。
最初から、そこにいた。
ただ、認識できなかっただけだ。
闇を纏った騎士。
人の形をしている。
だが、人ではない。
全身を覆う黒い鎧。顔は兜に隠されている。
兜の奥で、2つの光が灯っていた。
それが、こちらを見ている。
圧倒的な存在感。
空気が重く沈み、呼吸が浅くなる。
カイルが一歩、後ろに下がった。
盾を構えているが、手がわずかに震えている。
セリスが小さく息を呑んだ。
エルザは短剣の柄を強く握る。
ハンスが石壁を展開しようとして、動きを止めた。
本能が告げていた。
あれには、通じない。
セイラが杖を握り締める。
「あれが……」
アイリスが震える声で呟いた。
「カオスナイト……?」
ユイはゆっくりと息を整えた。
前世で、ただ一度だけ倒した存在。
だが、あの時は38歳だった。
装備も、仲間も、今とは違う。
今の8名では、勝てない。
ユイは静かに言った。
「撤退します」
「今すぐです」
リリアが即座に頷く。
「分かったわ」
カイルは盾を構えたまま、慎重に後退する。
ハンスも、ゆっくりと距離を取る。
全員が、少しずつ下がろうとした。
その時だった。
カオスナイトが、動いた。
一歩。
ただの一歩。
だが、その瞬間、空気が一変した。
圧が一気に増す。
ユイの心臓が強く脈打った。
「まずい!」
ユイは叫んだ。
「全員、下がってください!」
カオスナイトが剣を抜く。
黒く歪んだ剣。
闇のオーラが、剣身を覆っている。
セイラが杖を構えた。
「攻撃する」
「ダメです!」
ユイが制止する。
だが、遅かった。
セイラが氷槍を生成する。
冷気が集まり、氷の槍が空中に現れる。
「行け!」
氷槍が放たれた。
一直線に、カオスナイトへ向かう。
だが、カオスナイトは動かなかった。
剣を、わずかに横へ振る。
それだけだった。
氷槍は弾かれ、粉々に砕け散る。
氷の破片が、虚しく地面に落ちた。
セイラが息を呑む。
「……嘘」
カオスナイトが、もう一歩前に出る。
その瞬間。
闇が、爆発的に広がった。
視界が奪われる。
周囲が、完全な黒に染まる。
「闇の領域!」
ユイが叫ぶ。
「リリア、光魔法を!」
「分かったわ!」
リリアが杖を掲げる。
光が放たれ、闇がわずかに薄れる。
だが、完全には打ち消せない。
視界は悪いままだ。
仲間の姿が、ぼんやりとしか見えない。
ユイは必死に周囲を見渡した。
カオスナイトは、どこだ。
闇の中に、影が浮かび上がる。
1体、2体、3体。
いや、違う。
5体。
「影の分身……!」
ユイが叫ぶ。
「全員、警戒してください!」
「本体を見極めてください!」
カイルが盾を構える。
「どれが本体ですか!」
「動きが速い方です!」
ユイが即答した。
5体のカオスナイトが、ゆっくりと迫ってくる。
同じ姿。
同じ鎧。
同じ動き。
見分けがつかない。
ハンスが低い声で呟いた。
「……これは、まずい」
セイラが再び氷槍を生成しようとする。
「待ってください!」
ユイが叫ぶ。
「魔力を温存してください!」
「今は、撤退が最優先です!」
セイラは歯を食いしばった。
「だが……」
「お願いします!」
ユイは真っ直ぐにセイラを見た。
数秒の逡巡。
そして、セイラはゆっくりと頷いた。
氷槍が霧散する。
ユイは全員を見渡した。
闇の中、8名が固まっている。
カオスナイトの影が、じりじりと距離を詰めてくる。
5体。
どれが本体か。
まだ、分からない。
ユイは呼吸を整えた。
前世の記憶を辿る。
カオスナイトの癖。
動き。
攻撃の流れ。
すべて、覚えている。
だが、今は逃げる。
それが唯一の正解だ。
「全員、私の後ろに」
ユイが指示を出す。
「ハンス、カイル、後衛を守ってください」
「リリア、セリス、回復準備」
「アイリス、エルザ、側面警戒」
「セイラ、いつでも氷魔法を撃てるように」
全員が頷き、位置につく。
カオスナイトの影が、さらに近づく。
5体。
わずかな動きの差。
そこに、本体がいる。
ユイは目を凝らした。
答えは、必ずそこにある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




