第062話 守れなかった過去
翌日、昼過ぎ。
クロウフォールの拠点に、ハンス・ストーンハートが姿を現した。
巨大な盾を背負い、重装甲を身に纏ったその姿は、広間の入り口でひときわ目を引く。
「来てくれたんですね」
カイルが笑顔で迎える。
ハンスは無言で頷いた。
ユイも一歩前に出る。
「ありがとうございます。今日は小規模な依頼を受けます」
「何の依頼だ」
「王都近郊の護衛依頼です。商人の馬車を守りながら、隣町まで移動します」
ユイは地図を広げた。
「推奨レベルは16。赤目の狼が出る可能性があります」
「赤目の狼」
ハンスが低く繰り返す。
「はい。最近増えている魔物です」
「分かった」
短い返答。
「それでは、出発しましょう」
3人は拠点を出て、王都近郊の商人集合地点へ向かった。
道中、カイルが話しかける。
「ハンスさんは、どれくらい冒険者をやっているんですか?」
「5年だ」
「5年ですか。結構長いですね」
「長い」
短い肯定。
「組織には所属していなかったんですか?」
ハンスはわずかに間を置いた。
「昔は所属していた」
「昔は?」
「今はしていない」
それ以上、語られることはなかった。
カイルも察したのか、それ以上は踏み込まなかった。
集合地点には、商人が1人待っていた。
中年の男性で、大きな馬車を用意している。
「冒険者の方々ですか?」
「はい。クロウフォールのユイです」
「ありがとうございます。では、出発しましょう」
馬車が動き出す。
ユイとカイルは馬車の両脇を歩き、ハンスは後方を守る位置についた。
道は森を抜けるルートだった。
木々が密集し、視界はあまり良くない。
「注意してください。この辺りは魔物が出ます」
「了解です」
カイルが頷く。
ハンスは無言で盾を構えた。
10分ほど進んだところで、森の奥から気配が走る。
ユイが足を止めた。
「来ます」
低い唸り声。
赤い目が木々の間で光る。
3体。
赤目の狼だ。
「カイル、前へ」
「はい!」
カイルが剣を抜き、前に出る。
ハンスも盾を構えた。
1体目がカイルに跳びかかる。
剣で迎え撃つが、勢いが強い。体が後ろへ押される。
「くっ」
その瞬間、ハンスが横から割り込んだ。
巨大な盾が狼を完全に受け止める。
ドン。
重い音。
だが、ハンスはまったく動かない。
狼が弾き返された。
「動くな」
低い声。
カイルは即座に理解する。
「分かりました!」
2体目と3体目が同時に襲いかかる。
ハンスが盾を横に振る。
2体の狼が弾き飛ばされた。
ユイが側面から風魔法を放つ。
風刃が1体目に当たり、体勢が崩れる。
カイルが踏み込み、剣を振り下ろす。
1体目、討伐。
2体目がハンスに跳びかかる。
盾を正面に構える。
狼の爪が当たるが、傷1つ付かない。
「今だ」
ユイが風魔法で押し出す。
カイルが駆け寄り、剣を突き立てる。
2体目、討伐。
残る3体目が後退し、威嚇の唸り声を上げた。
だが、ハンスが1歩前に出る。
盾を構え、圧力をかける。
狼が怯んだ瞬間、ユイが追撃の風魔法を放つ。
体勢を崩したところへ、カイルが止めを刺した。
3体目、討伐。
「終わりました」
カイルが剣を納める。
ハンスも盾を下ろした。
「大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「俺も無事だ」
商人が馬車から降りてくる。
「助かりました! ありがとうございます!」
「いえ、これが仕事ですから」
その後、無事に隣町へ到着し、報酬を受け取って王都へ戻る。
帰り道、ユイが口を開いた。
「ハンスさん、素晴らしい防御力でした」
「当然だ」
淡々とした返答。
「ですが、少し気になったことがあります」
「何だ」
「最初の狼が襲ってきた時、少し遅れて動きましたよね」
ハンスは黙った。
「指示がなければ動けない、と言っていましたが、それは本当ですか?」
「ああ」
低い声。
「俺は判断が遅い。だから、指示が必要だ」
「それは、守れなかった過去と関係がありますか?」
ハンスは足を止めた。
カイルも立ち止まる。
「関係がある」
「俺は、かつて仲間を守れなかった」
「判断を誤った」
声は変わらない。
「前に出るか、下がるか。それを迷った」
「結果、仲間が攻撃を受けた」
「そして、失った」
ユイは息を呑む。
「だから、俺は自分で判断しない」
「指示があれば動ける。だが、自分で考えると遅れる」
「それでも、今日は動けました」
カイルが言う。
「指示があったからだ」
ハンスはユイを見た。
「お前が『来ます』と言った。だから構えた」
ユイは理解した。
それが、彼の欠点。
そして、過去が彼を縛っている。
「ハンスさん」
ユイは真剣な目で見つめる。
「私たちと一緒に来てください」
「なぜだ」
「あなたのような守護者が必要だからです」
「俺は完璧ではない」
「誰も完璧ではありません」
即答だった。
「指示が必要なら、私が出します」
「判断が遅いなら、こちらで判断します」
「あなたには守ってほしい。それだけです」
長い沈黙。
やがて、ハンスが口を開く。
「クロウフォール、だったか」
「はい」
「考えておく」
短い頷き。
「ありがとうございます」
ハンスはそれ以上何も言わず、王都の方へ歩いていった。
ユイとカイルが拠点へ戻ると、リリアとアイリスが待っていた。
「お帰りなさい」
「どうだった?」
「悪くなかった」
ユイは答える。
「ハンスさんは、圧倒的な防御力を持っています」
「それは良かったね!」
「ですが、まだ加入が決まったわけではありません」
「そっか」
「焦る必要はないわ」
リリアが言う。
「そうだな」
ユイは頷いた。
小規模共闘。
それが、ハンスとの最初の一歩になる。
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