第043話 影の女
夕暮れ時、ユイは裏通りの酒場へ向かった。
アイリスに連絡を取ると、すぐに会える場所を教えてくれた。昨日と同じ、翡翠の杯だ。
酒場に入ると、奥のテーブルにアイリスの姿があった。相変わらず紙束に囲まれている。顔を上げると、軽く手を振った。
「やっほー、ユイ。最後の一人、決まった?」
「まだです。相談があります」
ユイが腰を下ろすと、アイリスは紙束を片付けた。
「裏の仕事ができる人を探してます」
その言葉に、アイリスの目がわずかに輝く。
「裏って、どのくらい裏?」
「暗殺、奇襲、潜入。シャドウキンがいいです」
アイリスは楽しそうに笑った。
「へー、本格的だね。で、心当たりは?」
「エルザ・ナイトハート」
その名前が出た瞬間、アイリスの笑顔が消えた。
空気が静かになる。
「……知ってるの? あの人のこと」
「名前だけ」
「嘘。名前だけなら、普通は知らない」
アイリスは身を乗り出す。
「エルザ・ナイトハートは元暗殺者。今は裏社会から距離を置いてるけど、腕は確かよ」
「会えますか?」
アイリスは少し考え込み、やがて口を開いた。
「会える。でも、危ないよ。断られたら、最悪消されるかも」
「大丈夫です」
ユイの迷いのない目を見て、アイリスは溜息をついた。
「分かった。場所、教える。今夜、裏通りの倉庫街。待ってるって伝えとく」
「ありがとうございます」
「本当に、気をつけて」
ユイは酒場を出た。
夜になり、ユイは倉庫街へ向かった。
街灯はなく、暗い路地が続く。並ぶ倉庫の間に、人の気配はない。指定された場所は、古い倉庫の裏手だった。
月明かりだけが、地面を淡く照らしている。
ユイは立ち止まり、待った。
やがて、背後に気配が生まれる。
振り返ると、黒装束の女が立っていた。
黒い短髪、紅い瞳。しなやかな体つき。腰には短剣、ベルトには投擲武器。
エルザ・ナイトハート。
「話は聞いた」
低い声だった。感情が読み取れない。
「幻モンスター討伐? 馬鹿馬鹿しい」
ユイは動じない。
「本気です」
「証拠は?」
「ありません」
エルザは冷たく笑った。
「じゃあ、何で信じると思った?」
ユイは一瞬だけ考え、口を開いた。
「3年前、南の湿地帯で任務に失敗した。標的を逃がした」
エルザの瞳が鋭く細まる。
「……なぜ、それを」
「知っているからです」
エルザが一歩前に出る。
周囲の空気が一気に張り詰め、殺気が漂った。
「あんた、何者?」
「ただの冒険者です。でも、知っている」
エルザはしばらく黙ってユイを見つめ、やがて小さく笑った。
「面白い」
殺気が消える。
「殺されるかもしれないけど、乗ったわ」
即答に、ユイはわずかに目を見開いた。
「本当ですか?」
「退屈してたし。それに」
エルザは短剣を指で弾く。
「あんた、嘘ついてない。何か知ってる。その正体、見てみたい」
「ありがとうございます」
エルザは腕を組んだ。
「で、他のメンバーは?」
「5名います。あなたで6名目です」
「6名か。最低限ね」
エルザは空を見上げる。
「いつ会える?」
「明日、ギルドで」
「了解」
そう言い残し、エルザは踵を返した。
次の瞬間には、影の中へ溶けるように消えていた。
ユイは深く息を吐いた。
6名、揃った。
倉庫街を抜け、宿へ戻る道を歩く。
前衛、回復、偵察、暗殺。偏りはあるが、まずは動ける布陣だ。
明日、全員と会う。
夜空を見上げると、雲の切れ間から星が覗いていた。
今度は、一人じゃない。
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