第041話 最初の候補
午後、ユイは王都の裏通りへ向かった。
表通りとは違い、薄暗く、建物が密集し、路地が入り組んでいる。一般の市民が好んで足を踏み入れる場所ではない。
だが、ここには情報が集まる。
裏社会の住人、冒険者、商人。表に出ない噂や取引が、この場所を行き交っていた。
ユイは前世の記憶を辿りながら歩く。
確か、この先に酒場があったはずだ。アイリスが情報を売っていた場所。
角を曲がると、古びた看板の酒場が見えた。
翡翠の杯。
扉を開けると、昼間だというのに中は賑わっている。
カウンターには数人の客が並び、奥のテーブルでは小声の取引が行われていた。
ユイは中に入り、周囲を見回す。
奥の隅のテーブルに、小柄な人影があった。
青い短髪のフェアリス。テーブルには紙束が積まれ、向かいには客が座っている。
アイリス・フェンネル。
ユイが近づくと、客が立ち上がり、クリスタルコインを数枚置いて去った。
アイリスはそれを素早く懐にしまい、顔を上げる。
「はい、次の方どうぞー」
明るい声。茶色の瞳がユイを捉える。
「アイリス・フェンネルさん?」
「そうだけど。新規のお客さん?」
興味深そうに笑うアイリスの前に、ユイは腰を下ろした。
「情報が欲しい」
「いいねー。何の情報?」
「その前に、話があります」
ユイは真っ直ぐにアイリスを見た。
その笑顔が、わずかに変わる。
「話? 情報屋に話?」
「組織を作ります。偵察と情報収集ができる人が必要です」
アイリスは目を見開き、数秒黙った後、突然笑い出した。
「あはは! 面白いこと言うね。で、何するの? その組織」
「幻モンスター討伐です」
その瞬間、アイリスの笑顔が消えた。
店内のざわめきは続いているのに、二人の間だけが静まり返る。
「マジで言ってる?」
「本気です」
ユイは一切、視線を逸らさない。
アイリスは腕を組み、背もたれに寄りかかった。
「幻モンスターって、おとぎ話のやつでしょ? 子供だましの」
「実在します」
「証拠は?」
「ありません。今は」
アイリスが鼻で笑った。
「証拠もないのに信じろって?」
「信じなくていいです。ただ、退屈しているなら、少しは面白い話だと思いませんか」
アイリスの表情が変わった。
興味を刺激された目だ。
「確かに、退屈はしてるわね。毎日同じ情報売って、同じ客と話して。正直、つまんない」
前のめりになり、ユイを見る。
「で、あんた誰? 名前は?」
「ユイ・セイラス」
「冒険者?」
「はい」
「ランクは?」
「E」
アイリスが声を上げて笑った。
「E! 一番下じゃん! そんなのが幻モンスター討伐? 冗談きついわー」
ユイは表情を変えない。
「ランクは関係ありません。実力と経験があります」
「へー。じゃあ、他のメンバーは?」
「今、3名います」
「あと何人?」
「6名で組織を作ります。あなたを入れて4名目です」
アイリスはテーブルに肘をつき、顎に手を当てた。
「組織ねえ。クラウンってやつ? ギルドに認可してもらう」
「そうです」
「本気だね、あんた」
ニヤリと笑い、即答した。
「いいよ、乗った」
ユイはわずかに目を見開く。
「本当ですか?」
「うん。理由? 退屈だし、面白そうだから」
アイリスは立ち上がり、紙束をまとめる。
「それに、あんたの目、嘘ついてない。本気で信じてる目だ。そういうの、嫌いじゃない」
「ありがとうございます」
「ただし」
指を一本立てる。
「本当におとぎ話だったら、すぐ抜けるからね」
「分かりました」
「じゃ、よろしく。ユイ。敬語いらないよ、めんどくさいし」
「分かった」
二人は酒場を出た。
裏通りの冷えた空気が、肺に流れ込む。
「あと2名、ね」
軽い口調で言うアイリスに、ユイは頷く。
「次は回復役です」
「回復かー。いいじゃん。死にたくないし」
笑うアイリスを横目に、ユイは前を見る。
あと2名。
「じゃ、また明日ー」
アイリスは手を振り、路地の奥へ消えていった。
ユイは表通りへ戻る。
夕日が王都を赤く染めている。
4名。
着実に、形になり始めていた。
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