第037話 不完全な討伐
魔物の体が光っている。淡く、揺らめくような光だ。弱々しいが、確かに消えていない。
エリナが杖を構えたまま叫んだ。
「まだ、完全には倒せていない!」
ヴィクトルが視線を落とす。地面に描かれた円形の封印陣。一部は破壊されているが、陣そのものはまだ残っている。
「封印陣が、まだ一部機能している」
ユイも封印陣を見た。魔物の体から、細い光の糸が伸びている。その先は、封印陣の中心だ。光はゆっくりと流れ、魔物の体を包み込んでいく。
体が透けていく。
血の痕が消え、傷が消え、輪郭が曖昧になっていく。
次の瞬間、光が弾けた。
魔物の姿が消えた。地面には血も傷も残っていない。最初から存在しなかったかのようだ。
全員が沈黙した。武器を構えたまま、封印陣を見つめている。
リオンが低く呟く。
「討伐、成功か?」
ヴィクトルは首を横に振った。
「完全ではない。封印陣が魔物を再び封じ込めただけだ」
ユイは封印陣を見つめた。完全に壊れていない以上、猶予はある。魔物は戻った。少なくとも、すぐに復活はしない。
だが、他の封印陣が壊れていたら。
ユイは拳を握り締めた。東の山脈、南の湿地、西の砂漠、中央遺跡。全てを調べなければならない。
ヴィクトルが全員を見回す。
「北の森の異変は、一時的に収まった」
全員が頷いた。カイルが剣を鞘に納め、深く息を吐く。グレンとロウも肩の力を抜いた。エリナが杖を下ろし、アリスが弓を背負う。
「他の封印陣については、各地の支部に調査を要請する」
ヴィクトルが洞窟の出口を指した。
「我々は王都に戻り、報告を上げる。戻るぞ」
全員が歩き出した。ユイは最後に封印陣を振り返る。一部が欠けた円。意図的に壊された痕跡。誰が、何のために。
答えはない。
通路を戻る。足音が洞窟に反響する。疲労は重いが、誰一人倒れていない。全員、無事だ。
やがて出口が見え、外の光が差し込んできた。
洞窟を出ると、湿った森の空気が肺に流れ込む。土と木々の匂い。ユイは大きく息を吸った。生きている。
カイルが隣に来た。
「ユイさん」
振り返ると、カイルは頭を下げていた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
ユイは首を横に振る。
「お互い様です。盾を失っても、最後まで前に立ってくれました」
カイルは顔を上げ、照れたように笑う。
「盾は、また作ればいいですから」
リオンが近づいてきた。
「いい動きだった」
短い言葉だったが、ユイは頷いた。
「訓練の成果です」
エリナが杖を肩に乗せる。
「連携、かなり良くなってるわ」
完璧ではない。それでも、前世より確実に前に進んでいる。
ヴィクトルが腕を組んだ。
「各地の報告が揃うまで、時間はかかるだろう」
全員が頷いた。
森を抜け、来た道を戻る。魔物の気配はない。森は静かだ。
やがて入口が見え、馬車が待っていた。御者が手を振る。
その時、ユイは視線を感じた。背後、森の奥から。
振り返る。
だが、誰もいない。揺れる木々と、吹き抜ける風だけだ。
観測者。
ユイは前を向いた。気配は消えたが、確かに見られていた。
森を出る。
北の森での戦いは終わった。だが、全てが解決したわけではない。
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