第029話 二体目の痕跡
朝、ユイは目を覚ました。
体が冷えている。夜露が服を濡らしていた。立ち上がる。体が重い。肩も腰も、昨日と変わらず痛む。だが、動く。
空はまだ暗い。夜明け前だ。
ユイは装備を確認し、歩き出した。短剣の状態を確かめる。刃こぼれはない。回復薬は残り2本。昨夜1本使った。足りない。だが、これで行くしかない。
東の山脈地帯に入る。
岩肌が露出した険しい道だ。足場が悪い。一歩ごとに小石が崩れ、足を取られそうになる。だが、ユイは迷わず進む。何度も通った道だ。記憶が体に染みついている。
しばらく進むと、村の跡が見えた。
建物が崩れている。壁が焼け焦げ、屋根が落ちていた。煙の匂いが残っている。人の気配はない。逃げたのか、それとも。
ユイは村に入る。
通りを歩く。
家々は破壊されていた。扉は外れ、窓は割れている。中を覗く。誰もいない。家具が散乱し、食器が割れている。急いで逃げた痕跡だ。
広場に出る。
井戸が壊れていた。石が砕け、水が枯れている。地面には、大きな爪痕があった。
幻モンスターだ。
ユイは爪痕を見る。深い。3本の爪。それぞれが人の腕ほどの太さだ。岩よりも硬い地面が、まるで泥のように抉られている。
2体目の痕跡だ。
さらに奥へ進む。
村の端に、焼け焦げた畑があった。作物は灰になり、土は黒く変色している。炎だ。高熱で焼かれた痕跡。草も木も、すべてが炭になっている。
ユイは膝をつき、土に触れる。まだ温かい。
最近だ。
2日、いや、1日前かもしれない。熱がこれだけ残っているということは、炎の温度は尋常ではなかった。通常の魔物では出せない熱量だ。
立ち上がる。
視線を巡らせる。村の向こうに、山が続いている。頂上は雲に隠れていた。灰色の雲が、低く垂れ込めている。
あそこだ。
ユイは村を出て、山道へ入る。
道は険しくなる。
岩を登り、崖を回り込む。足を滑らせれば、落ちる。下は見えない。だが、ユイは迷わない。手を伸ばし、岩を掴む。足場を確かめ、体を引き上げる。
途中で、魔物が現れた。岩陰から飛び出してくる。灰色の獣だ。赤い目をしている。牙が剥き出しになっている。
ユイは短剣を抜く。
魔物が飛びかかる。ユイは横に身を捌き、刃を振るった。魔物の首に刃が入る。血が飛び散る。魔物は地面に倒れた。痙攣し、動かなくなる。
ユイは短剣を拭い、鞘に納める。
一瞬だった。
さらに進む。
別の魔物が現れる。今度は2体だ。
ユイは立ち止まらない。走りながら、1体目に短剣を投げる。刃が魔物の目に刺さる。魔物が倒れる。悲鳴を上げることもなく、崩れ落ちた。
2体目が襲ってくる。ユイは腰の短剣を抜き、魔物の腹を切り裂いた。魔物が崩れる。内臓が地面に落ちる。
ユイは投げた短剣を拾い、歩き出す。
無駄がない。
何度も繰り返してきた動作だ。体が覚えている。考える必要もない。
だが、楽しくはない。
山の中腹に差し掛かる。
岩壁が続いている。その壁に、巨大な爪痕があった。村で見たものより、さらに大きい。幅も深さも、倍以上ある。
ユイは爪痕に触れる。深い。岩が削られている。指を差し込むと、第二関節まで入った。
また、近くにいる。
ユイは顔を上げた。山の上から、熱い風が吹いてくる。硫黄の匂いが混じっていた。喉が痛む。空気が悪い。
頂上へ向かう。
道はさらに険しくなる。
岩場を登る。手を切る。血が滲む。だが、止まらない。痛みは慣れた。何度も経験してきた。
雲の中に入る。視界が悪い。だが、ユイは進む。方向感覚だけを頼りに、足を進める。
雲を抜けた。
頂上が見えた。
そして、そこに、それはいた。
巨大な翼を持つ獣だった。
全身が黒い鱗に覆われている。4本の足は、岩を砕くほどの爪を持っていた。頭部は竜に似ているが、角が3本生えている。目は深紅だ。炎が宿っているように見える。
翼を広げる。風が吹く。熱い風だ。ユイの髪が揺れる。
炎の匂いがする。
グラヴォルス。
2体目。
炎と破壊の幻。
ユイは短剣を抜いた。
グラヴォルスが、ユイを見た。動かない。ただ、見ている。瞳に、ユイの姿が映っている。
ユイも、動かない。
風が吹く。
2人の距離は、50メートルほどだ。広い頂上の、中央にグラヴォルスが立っている。周囲には、焼け焦げた岩が散らばっている。
ユイは呼吸を整える。心臓が、静かに打っている。鼓動が、耳に響く。
グラヴォルスが、口を開いた。低い音が響く。咆哮ではない。ただの、音だ。だが、空気が震える。
ユイは短剣を構え直す。両手に1本ずつ。刃を前に向ける。
何度目だ、お前との戦いは。
ユイの声は、小さかった。風にかき消される。
諦めが、滲んでいた。
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