第028話 歪んだ世界
朝、ユイは宿を出た。
街を歩く。昨日と変わらない景色だ。だが、何かが違う。空を見上げる。灰色の雲が厚い。だが、その向こうで色が揺れていた。紫がかった光が、一瞬だけ見えた。
また、か。
ユイは視線を戻す。足を進める。
市場を通る。
商人たちの声が聞こえる。だが、活気はない。疲れた声だった。
「また魔物が出たらしいな」
「昨日も、街道で被害が出た」
「いつまで続くんだ、この状況」
ユイは立ち止まらない。会話は途切れ、視線が集まる。そして、避けられる。
3年前だ。
1体目を討伐したのは。世界は変わると思った。だが、何も変わらなかった。いや、悪くなった。
空の色がおかしくなる。時折、赤や紫に染まる。魔物の発生頻度が高まった。街道は危険になり、人々は外に出ることを恐れるようになった。
意味がなかったのか。
1体倒したくらいでは、何も変わらない。
ユイはギルドへ向かう。
建物は、前と変わらない。だが、中に入ると、空気が違った。冷たい。受付カウンターに立つ女性は、ユイを見て表情を硬くした。
「セイラスさん、依頼ですか?」
声は冷たかった。ユイは首を横に振る。
「いや、情報だけ」
「情報、ですか」
受付嬢は少し間を置いた。それから、棚から書類を取り出す。
「どのような情報を?」
「東の山脈地帯。魔物の目撃情報」
受付嬢は書類をめくった。目を通し、ユイに向ける。
「3日前、大型の魔物が目撃されています。被害状況は不明。調査隊は派遣されていません」
「分かった」
ユイは踵を返す。受付嬢が声をかけてきた。
「セイラスさん、単独行動は推奨していません」
ユイは振り返らなかった。
「分かっている」
ギルドを出る。
背後で、小さな声が聞こえた。
「あの人が、1体目を倒したって本当なのか」
「知らない。だが、倒したところで、何も変わらなかった」
「1体倒したくらいじゃ、意味がなかったんだろう」
足が止まる。
だが、すぐに歩き出す。反論しても意味がない。事実だ。
ユイは街を歩き、宿へ戻った。部屋で装備を整える。短剣を研ぎ直す。回復薬を確認する。残りは3本。足りない。だが、これで行くしかない。
地図を広げる。東の山脈地帯。そこへ向かう。
昼過ぎ、ユイは街を出た。
南門を抜け、街道を進む。街道沿いには、人影がほとんどない。旅人も、商人も、誰もいない。魔物が出るからだ。
ユイは街道を外れた。東へ向かう。草原を抜け、森を通り、山道に入る。
足音だけが響く。
空を見上げる。
雲の向こうで、また色が揺れていた。赤い光。紫の光。自然ではない色だ。
世界は、歪んでいる。
1体目を倒しても、世界は元に戻らなかった。むしろ、歪みが広がった。なぜだ。
答えは、まだ分からない。
山道を進む。
途中で、魔物が現れた。小型の獣だ。赤い目をしている。ユイは短剣を抜く。魔物が飛びかかってくる。ユイは身を捌き、刃を振るった。一撃で仕留める。
動きは、無駄がない。
体が勝手に動く。何度も繰り返してきた動作だ。
だが、楽しくはない。
さらに進む。
日が傾き始めた。夕日が山を照らす。ユイは足を止め、振り返った。
街が、遠くに見える。小さく、静かだ。
誰も、見送らなかった。
誰も、声をかけなかった。
それでいい。
ユイは前を向く。
夜営の準備をする。
木の根元に座り、パンを食べる。味はしない。水を飲む。回復薬を1本、念のため飲んでおく。体が少し楽になった。
火は焚かない。魔物を引き寄せる。
暗闇の中で、ユイは空を見上げた。星は見えない。雲が厚い。
仲間がいれば、違ったのかもしれない。
そんな考えが浮かぶ。
だが、すぐに消す。
今更だ。
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