第026話 観測は続く
夜、宿の部屋。ユイは椅子に腰掛けたまま窓の外を見ていた。
訓練の疲労は体に残っている。肩が重い。腕が鈍い。だが、頭は冴えていた。眠れない。
討伐隊出発まで、残り3日。
窓の外には、夜の王都が広がっている。街灯の明かりが、石畳の通りを照らしている。店は閉まり、人通りは少ない。時折、夜警の足音が遠くで響く。
北の森。封印陣。黒鱗の魔物。
頭の中で、あの日の光景が蘇る。洞窟の奥、壊れた封印陣。深紅の目を持つ魔物。ヴィクトルの撤退命令。
あれと、再び戦う。
今度は討伐隊として。8人で。リオン、エリナ、カイルと共に。訓練は続けてきた。連携も取れるようになった。だが、それで勝てるのか。
ユイは視線を感じた。
窓の外を見る。屋根の向こう、街灯の影が一瞬だけ歪んだ。
気のせいではない。何かがいる。
確認しようとした。だが、その瞬間、気配は消えた。ユイは立ち上がらなかった。追わない。追っても無駄だ。相手は姿を見せる気がない。
視線だけが、夜の闇に注がれる。何も動かない。風だけが、静かに吹いている。
ユイは椅子に座り直した。
観測者。第一章で紙片を見た時から、ずっと見られている。だが、排除はされない。理由は分からない。ただ、見られている。
ユイは窓から視線を外した。ベッドに横になる。眠らなければならない。3日後、討伐隊が出発する。
目を閉じる。だが、頭の中では考えが巡る。観測者。封印陣。倒せぬ存在。全てが繋がっているような気がする。だが、まだ見えない。
しばらくして、ユイは浅い眠りについた。
翌朝、ユイは目を覚ました。窓から朝日が差し込んでいる。
起き上がり、顔を洗う。装備を確認する。
短剣を手に取る。刃を確かめる。研ぎ澄まされている。柄を握る。手に馴染む重さだ。
鎧を確かめる。黒銀の軽装鎧。留め具を一つずつ締める。動きを妨げない。
回復薬を数える。5本。足りる。鞄に詰める。
全て、揃っている。
ユイは装備を身につけ、部屋を出た。宿の外へ出る。朝の空気は冷たい。だが、清々しい。通りには、商人が店を開き始めている。冒険者が朝食を求めて歩いている。王都の朝は、いつもと変わらない。
宿の裏手へ回る。
壁に、一枚の紙が貼られていた。風に揺れている。
近づき、紙を剥がす。触れても魔力反応はない。ただの紙だ。
そこには、文字が書かれていた。
「討伐隊への参加を確認」
「対象は引き続き観測中」
名前はない。脅迫でも命令でもない。ただの事実の通告だ。
ユイは紙を破らなかった。握り潰さず、畳んで懐にしまう。
排除されていない。それだけを受け取る。
見られている。排除されない。なぜか。
観測者は何を求めているのか。ユイが何をするのかを見ているのか。それとも、別の理由があるのか。分からない。
だが、今は考えても仕方ない。討伐隊の準備をする。それが先だ。
ユイは宿へ戻った。部屋に入り、鏡を見る。
黒髪、黒い瞳。18歳の顔が映っている。
リオンの声が脳裏をよぎる。
「お前は一人で動きすぎる」
訓練初日に言われた言葉だ。その通りだった。前世では、一人で戦うことが多かった。
だが、今は違う。
エリナの笑顔が浮かぶ。
「連携が取れてきたわね」
最初はバラバラだった。だが、今は違う。三人で戦える。
カイルの声が重なる。
「一緒に戦えますね」
真っ直ぐな目で、迷いのない言葉。前世では、彼を守れなかった。
だが、今度は違う。
ユイは鏡から視線を外し、窓の外を見る。
朝日が、王都を照らしている。
世界は、まだ何も教えてくれない。
観測者の目的も、封印陣の謎も、倒せぬ存在の真実も。
それでも、歩くしかなかった。
ユイは短剣を腰に下げ、部屋を出た。訓練場へ向かう。
今日も訓練がある。明日も。3日後まで。
通りを歩く。朝の王都は活気に満ちている。パン屋の前に行列ができ、商人が荷を運び、子供が走り回る。
平和な光景だ。
だが、その平和は、いつまで続くのか。
封印が解かれている。他にも封印陣がある。それが全て解かれたら、何が起こるのか。
再び、視線を感じた。背後から。
ユイは振り返らない。
観測者は、今日も見ている。
ユイは歩き続けた。訓練場が見えてくる。
リオンとエリナが、すでに待っているはずだ。
今日も、訓練をする。
そして、3日後――討伐隊が出発する。
ユイは訓練場の門をくぐった。
第3章 完
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