第198話 反撃の欠片
リリアが、光を放った。
弱々しい光だ。普段の彼女の魔法とは比べものにならない。セリスの魔力も合わせて、それでもこの程度。だが、その光は真っ直ぐに飛んだ。
封印陣の残骸へ向かって。
光が、陣に触れた。
瞬間、陣が輝き始めた。
微かだが、確実に。石畳の隙間から、光が溢れ出す。壊れたはずの魔法陣が、最後の力を振り絞るように光っている。かつてカオスナイトを封じていた力の残滓が、目覚めようとしている。
カオスナイトが、反応した。
光に気づいた。いや、それだけではない。核と陣の繋がりを通じて、何かを感じ取った。核が、不規則に脈打ち始めた。
カオスナイトが、光を吸収しようとした。
大剣を掲げ、闇を放つ。陣の光を、飲み込もうとする。ダークドメインが、封印陣の方向に集中していく。
その一瞬、動きが鈍った。
意識が、陣に向いている。ユイへの注意が、わずかに逸れている。
今だ。
ユイは、走り出した。
風魔法を発動する。残り僅かな魔力を、全て足に注ぎ込む。体が加速する。地面を蹴り、空気を切り裂く。痛みも疲労も、全て忘れた。
本体へ。核へ。
一直線に。
分身たちが、ユイを狙った。
闇の中から、二体の分身が飛び出してくる。大剣を振り上げ、ユイを斬り捨てようとする。本体を守ろうとしている。
だが、間に合わなかった。
「行け、ユイ!」
レオンが叫んだ。
レオンの体が、分身の前に立ちはだかった。炎は使えない。魔力は尽きている。だが、素手で分身を押さえている。ドラコニアの血が、最後の力を与えていた。歯を食いしばり、分身の剣を両手で受け止めている。
「任せて……ください……!」
カイルが、もう一体の分身に斬りかかった。大剣が、分身の剣を弾く。盾はない。右腕は負傷している。だが、体がある。仲間を守る意志がある。
ハンスが、ユイの背後を守った。石の巨体が、追撃してきた三体目の分身を阻む。拳で殴り、足で蹴り、全身で分身を押さえつけている。
セイラとエルザが、側面から牽制した。双剣と短剣が、分身の動きを鈍らせる。魔法は使えない。だが、剣術がある。暗殺者の技がある。
フィンとグレンも、残りの分身に立ち向かっていた。よろめきながら、それでも剣を振るっている。
全員が、ユイを守っている。
道を開いている。
ユイは、走り続けた。
カオスナイトの本体が、目の前にあった。
巨大な体。漆黒の鎧。赤い目。そして、胸の中心にある黒い核。幻モンスターの弱点。これを砕けば、終わる。
核が、脈打っている。封印陣の光と共鳴して、不規則に揺れている。普段より不安定だ。
今なら、届く。
ユイは短剣を振り上げた。
全ての力を込めて。18年の人生と、前世の38年の経験と、仲間たちの想いを乗せて。
短剣が、核に突き刺さった。
手応えがあった。硬い殻を貫いた感触。その奥にある、柔らかい核心に届いた感触。前世で感じたのと、同じ感触だ。
亀裂が、走った。
核に、細い亀裂が入った。黒い表面に、白い線が広がっていく。ひび割れが、核全体に広がっていく。
「砕けろ……!」
ユイは叫んだ。短剣を、さらに深く突き立てようとした。
だが。
完全には、砕けなかった。
核が、抵抗している。亀裂は入った。だが、まだ砕けていない。あと少し。あと少しの力が、足りない。18歳の体では、最後の一押しができない。
カオスナイトが、咆哮を上げた。
言葉にならない叫び。怒りと苦痛と、何かもっと深いものが混じった声。人だった頃の記憶が、蘇っているのかもしれない。
そして、最後のオーラを放った。
黒い波動が、爆発的に広がった。
ユイの体が、吹き飛ばされた。短剣が手から離れる。体が宙を舞い、壁に向かって飛んでいく。
「がっ……!」
背中が、壁に叩きつけられた。
激痛が走った。視界が歪む。息ができない。肺が潰れたかと思った。
地面に落ちた。うつ伏せに倒れる。起き上がろうとしたが、体が動かない。
仲間たちも、同様だった。
レオンが、吹き飛ばされていた。カイルも。ハンスも。セイラも。エルザも。フィンも。グレンも。全員が、地面に倒れている。
動ける者は、いない。
ユイは、顔を上げようとした。首が動かない。目だけで、カオスナイトを見た。
カオスナイトは、まだ立っていた。
核に亀裂が入っている。ダメージは与えた。だが、倒せていない。まだ、動いている。
「まだ……まだ終わってない……」
ユイは呟いた。
体に力を入れようとした。だが、動かない。指一本、動かせない。
カオスナイトが、ゆっくりとこちらを向いた。
赤い目が、ユイを見ている。怒りが、燃えている。
終わりだ。
今度こそ、本当に終わりだ。
その時、声が聞こえた。
廃墟の入口の方から。闇の向こうから。
「おーい、まだ生きてるー?」
軽い声だった。
場違いなほど、軽い声だった。
ユイは、その声に聞き覚えがあった。
第22章 完
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