第197話 最後の賭け
ユイの声が、闇に響いた。
「全員、最後の力を貸してくれ」
倒れていた者たちが、顔を上げた。意識を失っていたはずのカイルが、目を開けた。ハンスが、重い体を起こそうとしている。リリアが、蒼白な顔でユイを見た。
「封印陣の残骸に、光魔法を当てろ」
ユイは、はっきりと言った。声に迷いはない。これが、最後の手段だ。
「な……何を……」
リリアが、かすれた声で問い返した。魔力が枯渇し、立つことすらできない状態だ。光魔法を放てと言われても、もう何も残っていない。
「封印陣と、カオスナイトの核は繋がっている。陣に光を当てれば、核に干渉できる」
「でも……私には、もう……」
「残りカスでいい。全員の力を集めれば、一発だけ撃てるはずだ」
ユイは、全員を見渡した。
「それでカオスナイトが弱体化する。動きが鈍る。その隙に、私が核を砕く」
誰も、反論しなかった。
できるのか。本当にうまくいくのか。その疑問は、全員の頭にあったはずだ。だが、誰も口にしなかった。
他に方法がないことを、全員が分かっていた。
「リリア」
ユイが呼んだ。
「……はい」
リリアが答えた。声は弱々しいが、目には決意があった。彼女はゆっくりと体を起こした。腕が震えている。だが、諦めてはいない。
「残った魔力を、全て集めろ。セリスも手伝え」
「分かり……ました……」
セリスが、這うようにリリアの傍に移動した。彼女も魔力が尽きかけている。だが、最後の回復魔法を、自分自身に施した。わずかでも、動けるようにするために。体に力が戻る。ほんの少しだけ。
「セイラ」
ユイが呼んだ。
セイラは答えなかった。ただ、ユイを見つめていた。
無言だが、その目には信頼があった。言葉は要らない。やれ。お前ならできる。その眼差しが、そう言っていた。
セイラは立ち上がった。双剣を構える。魔法は使えない。だが、剣はある。
「カイル、ハンス」
「はい……」
「……承知した」
二人が、体を起こした。カイルは負傷した腕を押さえながら、大剣を拾った。盾はもうない。だが、剣がある。守るべき仲間がいる。
ハンスは、亀裂だらけの体で立ち上がった。石の巨体が、ゆっくりと起き上がる。もう何度も倒れた。だが、まだ立てる。
「お前たちは、私の道を開けろ。分身が来たら、止めてくれ」
「任せてください……」
カイルが、弱々しく笑った。
「……任せろ」
ハンスが、低く答えた。
「レオン」
ユイが呼んだ。
レオンは、膝をついたまま顔を上げた。炎は消えている。魔力も尽きている。だが、その目には、まだ闘志が残っていた。ドラコニアの血が、諦めることを許さない。
「分かった。俺たちが本体を押さえる」
レオンが言った。傲慢な口調は消えていた。代わりに、静かな決意があった。
「フィン、グレン。動けるか」
「は、はい……!」
「ああ……」
二人が、よろめきながら立ち上がった。武器を構える。体は限界だが、戦う意志はある。レオンの部下として、最後まで付き従う。
エルザが、影から姿を現した。実体が薄れかけている。だが、まだ消えてはいない。
「……私も、やる」
短い言葉。だが、それで十分だった。
アイリスだけが、戦闘に参加できない。だが、彼女はザークスの傍にいた。重傷の彼を守るように。
ハンスが、ユイの傍に来た。
巨大な手が、ユイの肩に置かれた。石の手は冷たいはずなのに、温かく感じた。
「……行け」
それだけだった。だが、その一言に、全てが込められていた。信頼。託す思い。仲間としての絆。
ユイは、全員の決意を感じ取った。
誰も、諦めていない。
死が目の前にあっても、最後まで戦おうとしている。自分を信じて、命を預けようとしている。
「ありがとう」
ユイは、小さく言った。
そして、短剣を構えた。
「作戦開始」
リリアが、両手を伸ばした。
残った全ての魔力を、かき集める。体の隅々から、最後の一滴まで。セリスが、リリアの手を握った。彼女の魔力も、リリアに流し込む。
光が、集まり始めた。
弱々しい光だ。普段のリリアの光魔法とは比べものにならない。だが、確かに光っている。希望の光だ。
カオスナイトが、動いた。
光を感じ取ったのか。危険を察知したのか。大剣を振り上げ、リリアに向かって歩き出す。
「させない!」
カイルが、飛び出した。大剣を振り、カオスナイトの前に立ちはだかる。
ハンスも続いた。巨体で、カオスナイトの進路を塞ぐ。
レオン、フィン、グレンが、側面から攻撃を仕掛けた。魔法は使えない。だが、剣がある。拳がある。
セイラとエルザが、背後から牽制した。氷も影も、もう使えない。だが、短剣で斬りかかる。
全員が、時間を稼いでいる。
リリアが光を放つまで、カオスナイトを止めている。
「もう少し……!」
リリアが叫んだ。
光が、さらに集まる。セリスの魔力も、全て注ぎ込まれる。
「今だ!」
ユイが叫んだ。
リリアが、光を放った。
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