第196話 気づき
光が、脈打っている。
ユイは、その光を凝視した。カオスナイトの大剣が振り下ろされようとしている。死が、目の前に迫っている。だが、目が離せなかった。
廃墟の地面。石畳の隙間から、淡い光が漏れている。規則的に明滅している。心臓の鼓動のように。まるで、生きているかのように。
「封印陣……」
ユイは呟いた。
思い出した。戦闘が始まる前、あの場所に封印陣があった。カオスナイトを封じていた、古い魔法陣。崩壊して、カオスナイトが解放された。あの時、陣は砕け散ったはずだった。
だが、完全には消えていなかった。
陣の残骸が、まだ光を放っている。弱々しく、消えかけているが、確かに光っている。
なぜだ。
封印が解けたなら、陣は消えるはずだ。魔力の供給源がなくなれば、陣は機能を停止する。それが、魔法陣の基本だ。前世で学んだ知識でも、そうだった。
なのに、光っている。
ユイは、その光をじっと見つめた。思考を巡らせる。死が迫る中で、脳が異常な速度で働いている。
光が脈打つたびに、何かが起きている。空気が、微かに震えている。魔力の流れが、わずかに乱れている。
そして、その乱れは、一定の方向へ向かっている。
カオスナイトの方向だ。
ユイは、カオスナイトを見た。
巨大な体。漆黒の鎧。赤い目。そして、胸の中心にある、黒い核。幻モンスターの弱点。これを砕かなければ、カオスナイトは倒せない。
核が、脈打っていた。
封印陣の光と、同じリズムで。
「まさか……」
ユイの頭の中で、何かが繋がった。
核と陣。
核が、陣と繋がっている。
封印陣は、カオスナイトを封じるためのものだった。カオスナイトの核を、陣の中心に固定し、動きを封じていた。何十年も、あるいは何百年も。
陣が壊れて、カオスナイトは解放された。だが、核と陣の繋がりは、完全には切れていない。長い年月をかけて形成された結びつきが、まだ残っている。細い糸のようなものが、核と陣を繋いでいる。
だから、陣が光っている。核から魔力が漏れ、陣に流れ込んでいる。逆に、陣の残骸が、核に微かな影響を与えている。
逆に言えば。
陣に干渉すれば、核に影響を与えられるかもしれない。
「核が……陣と繋がっている……」
ユイは声に出した。
これは、前世の知識にはなかった。前世では、封印が解ける前にカオスナイトと戦った。封印陣が壊れた直後の状態を、見たことがなかった。
だから、知らなかった。
だが、今、目の前にある。
封印陣の残骸。まだ光っている。まだ、機能の一部が残っている。
これを使えば。
何かができるかもしれない。
カオスナイトの大剣が、振り下ろされようとしていた。だが、動きが一瞬、止まった。
封印陣の光が、強くなった瞬間だ。
カオスナイトも、陣の影響を受けている。光が強まると、動きが鈍る。わずかだが、確実に。核と陣の繋がりが、カオスナイトの動きを縛っている。
「使える……」
ユイの心に、希望が灯った。
小さな希望だ。賭けだ。成功する保証はない。理論的な裏付けもない。ただの直感だ。
だが、何もしなければ、全滅する。
ならば、賭けるしかない。
ユイは、周囲を見回した。
倒れている仲間たち。カイルは意識を失い、地面に横たわっている。ハンスも同様だ。リリアは魔力枯渇で動けない。セリスも倒れている。エルザは影に溶けかけ、存在が薄れている。アイリスは震えながら座り込んでいる。
ブレイズウォールも同じだ。ザークスは重傷で、フィンとグレンも倒れている。
まだ意識がある者。セイラ、レオン。
二人の目を見た。疲労と絶望が浮かんでいる。だが、まだ諦めてはいない。その目に、わずかな光が残っている。
「セイラ」
ユイが呼んだ。
「……何」
セイラが、かすれた声で答えた。地面に座り込んだまま、顔を上げる。
「レオン」
「……何だ」
レオンも、同じように答えた。膝をついたまま、ユイを見上げる。
「封印陣を見ろ。あの光を」
二人が、ユイの指差す方向を見た。廃墟の地面から漏れる、淡い光。規則的に明滅する、生きているような光。
「あの陣は、まだ生きている。カオスナイトの核と繋がっている」
「……だから、何だ」
レオンが問い返した。声に力がない。だが、聞く意志はある。
「あの陣に光魔法を当てれば、核に干渉できるかもしれない」
セイラとレオンの目が、わずかに変わった。絶望の中に、疑問が混じった。そして、その疑問の奥に、微かな希望が生まれた。
「それで、どうなる」
セイラが聞いた。
「分からない。だが、カオスナイトの動きが鈍るはずだ。その隙に、核を砕く」
「……できるのか」
「分からない」
ユイは正直に答えた。嘘をつく余裕はない。
「だが、他に方法がない」
沈黙が流れた。
カオスナイトが、再び動き出そうとしている。大剣が、ゆっくりと持ち上げられる。時間がない。
「全員、最後の力を貸してくれ」
ユイの声は、絶望の底から上がってきた。
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