第194話 第4段階
闇の奥で、何かが変わった。
空気が、重くなっていく。呼吸が、苦しくなる。胸を締め付けられるような圧迫感。ユイは本能的に危険を感じ、短剣を構えた。
「何だ……この感覚は……」
レオンが呟いた。彼も感じているらしい。炎を維持しようとしているが、その炎が揺らいでいる。まるで、風に吹かれているかのように。
「魔力が……」
リリアが、かすれた声で言った。地面に座り込んだまま、顔を上げて闇を見つめている。
「魔力が、吸われていますわ……」
その瞬間、ユイは理解した。
第4段階だ。
カオスナイトが、魔力吸収を開始した。
闇の奥から、巨大な気配が膨れ上がった。カオスナイトの本体が、闇の剣を高く掲げている。その剣が、黒い光を放ちながら、周囲の魔力を吸い上げ始めていた。
目に見えて、光が消えていく。
レオンの炎が、急速に弱まった。赤い炎が、橙色に変わり、黄色になり、さらに暗くなっていく。まるで、命を吸い取られているかのように。
「何だ……! 俺の炎が……!」
レオンが叫んだ。魔力を注ぎ込もうとしている。だが、注いだ端から吸い取られていく。燃料を入れても、それ以上の速度で漏れ出していく。
「あ……あああ……」
リリアが膝をついた。
両手で頭を抱え、苦しそうに呻いている。彼女の体から、光が抜けていく。淡い輝きが、闇に吸い込まれていく。魔力が、根こそぎ吸い取られていく。
「リリア!」
ユイが駆け寄ろうとした。だが、自分の体も重い。足が、思うように動かない。体内の魔力が、引っ張られている感覚。
「魔力が……抜けていく……」
セリスが倒れた。
地面に崩れ落ち、動けなくなっている。顔が蒼白で、目が虚ろだ。回復魔法の残りカスすら、吸い取られたのだ。彼女の中には、もう何も残っていない。
「セリスちゃん……!」
カイルが叫んだ。だが、彼も動けない。負傷した腕を押さえ、膝をついている。セリスに駆け寄ることすらできない。
エルザの姿が、薄れ始めた。
影に潜む能力を維持できなくなっている。彼女の体が、闇の中に溶けかけていた。輪郭がぼやけ、存在感が希薄になっていく。
「……まずい」
エルザが、初めて焦りを見せた。感情のない声に、わずかな動揺が混じっている。
セイラが氷魔法を放とうとした。手を伸ばし、魔力を集中させる。だが、魔力が集まらない。手のひらに氷が形成されかけ、すぐに消えた。何度試しても、同じだった。
「魔法が……使えない……」
セイラの声が、震えていた。冷静な彼女が、動揺している。
アイリスは戦闘力がない。彼女は地面に座り込み、震えていた。
「どうなってるの……何が起きてるの……」
フィンとグレンも、膝をついていた。二人とも、魔力を吸い取られている。戦う力が、残っていない。
ハンスだけが、まだ立っていた。ゴーレムの彼は、魔力への依存が少ない。石の体は、魔力がなくても動く。だが、それでも動きが鈍くなっている。体が重い。力が入らない。
「……厳しい」
ハンスが、低く呻いた。
「全員の魔力が……吸われている……」
ユイは状況を把握した。
カオスナイトの闇の剣。ダークブレード。触れた者の魔力を吸収する能力。それが、今は触れなくても発動している。周囲の魔力を、無差別に吸い上げている。範囲は、おそらくダークドメイン全体。
そして、吸収した魔力で、カオスナイトは自己再生を行う。
闇の奥で、カオスナイトの姿が見えた。
その体の傷が、見る見る塞がっていく。ユイが付けた傷。レオンの炎で焼いた跡。ハンスの拳で凹んだ箇所。全てが、消えていく。滑らかな漆黒の鎧が、元通りになっていく。
「再生している……」
ユイは呟いた。
自己再生能力が、本格稼働している。魔力を吸収し、傷を癒し、さらに強くなっていく。無限のループだ。戦えば戦うほど、敵が強くなる。
前世の記憶が、蘇った。
第4段階。
前世では、ここまで追い込まれたことがなかった。カオスナイトが第4段階に移行する前に、核を砕くことができた。だから、この状態を実際に見たことがなかった。
知識としては知っていた。文献で読んだ。古い冒険者の記録で見た。第4段階に入ると、魔力吸収と自己再生が始まる。そうなれば、長期戦では絶対に勝てない。
だから、短期決戦を狙った。本体を見極め、核を砕く。それが、唯一の勝ち筋だった。
だが、失敗した。
本体を見極められなかった。分身と本体の区別がつかなかった。時間をかけすぎた。
その結果が、これだ。
「第4段階……」
ユイは声に出した。
「ここからが、本当の地獄だ」
誰も、答えなかった。
全員が、地面に座り込んでいる。立っているのは、ユイとハンスだけだ。レオンも、膝をついている。炎が、完全に消えた。
闇が、さらに濃くなった。
カオスナイトが、ゆっくりと近づいてくる。傷一つない体。満ちた魔力。絶対的な存在感。
勝てない。
ユイの頭に、その言葉が浮かんだ。
魔法が使えない。仲間は倒れている。自分の体力も、限界に近い。そして、敵は完全に回復した。
どうやって勝つ。
答えが、見つからない。
「もう、勝ち目がない」
ユイは、その言葉を飲み込むことができなかった。
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