第192話 レオンの覚醒
怒りが、全身を焼いていた。
レオンはザークスを地面に横たえ、立ち上がった。手が震えている。血塗れの手。ザークスの血だ。
「殺してやる……!」
低い声が、喉から漏れた。
分身たちが、闇の中で待っている。赤い目が、こちらを見ている。まるで、次の獲物を選んでいるかのように。
許せなかった。
「殺してやる……!」
レオンの体から、炎が噴き出した。
制御していない。意識して放っているのではない。怒りが、そのまま炎になって溢れ出している。
「お前らを……全員……!」
炎が膨れ上がった。
今までとは、規模が違う。レオン自身を中心に、炎の渦が巻き起こる。熱風が闇を押し返し、周囲が赤く照らされた。
分身たちが、動いた。
レオンに向かって、一斉に襲いかかってくる。三体。いや、四体か。闇の中から、次々と現れる。
「来い……!」
レオンが叫んだ。
炎が、爆発的に放たれた。
分身たちを、まとめて飲み込んだ。赤い炎が、三体の分身を包み込む。分身たちは炎を吸収しようとした。だが、量が多すぎる。吸収が追いつかない。
「燃えろ! 燃え尽きろ!」
レオンが咆哮した。
炎の温度が、さらに上がった。白に近い赤。溶岩のような熱量。分身たちの動きが、止まった。
そして、消えた。
三体の分身が、炎の中で消滅した。闇が薄れ、視界が少しだけ開けた。
「まだだ……!」
レオンは周囲を見回した。
「どこだ! 本体はどこだ!」
分身を倒しても意味がない。本体を倒さなければ、終わらない。
だが、本体の姿が見えない。闇の奥に、気配はある。だが、どこにいるのか分からない。
「出てこい! 隠れてないで、出てこい!」
レオンが叫んだ。炎を放ち、闇を焼く。だが、闇は消えない。焼いても焼いても、すぐに闇が戻ってくる。
「くそっ……! どこだ……!」
冷静さを、完全に失っていた。
魔力が、急速に減っていく。暴走気味に炎を放ち続けている。このままでは、魔力が尽きる。分かっている。だが、止められない。
ザークスの顔が、脳裏に浮かんだ。
血塗れの顔。消えかけた眼光。微かな笑み。
「あなたは……強い……」
その言葉が、耳に残っている。
強い。強いはずだ。レオンは、王都でもトップクラスの戦闘力を持っている。ドラコニアの血を引く、炎の魔法使い。誰にも負けないはずだった。
なのに、部下を守れなかった。
「出てこい!」
レオンは再び叫んだ。炎を放つ。闇を焼く。だが、本体は現れない。
「レオン様!」
フィンの声が聞こえた。
「落ち着いてください! このままでは……!」
「黙れ!」
レオンが怒鳴った。
「お前は下がっていろ! ザークスを守れ!」
フィンは何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。グレンが、フィンの肩を掴み、後ろに引いた。古参の部下は、今のレオンには何を言っても無駄だと分かっている。
レオンは炎を放ち続けた。
闘の中を、炎が走る。だが、本体には届かない。分身は倒せても、本体の居場所が分からない。
「どこだ……! どこにいる……!」
その時、声が聞こえた。
闇の向こうから。遠くから。だが、はっきりと聞こえた。
「落ち着け、レオン!」
ユイの声だった。
レオンは動きを止めた。
「ユイ……?」
「聞こえているか! 落ち着け!」
ユイの声が、闇を貫いて届いてくる。どこにいるのか分からない。だが、確かに聞こえる。
「怒りに任せたら、負ける!」
その言葉が、レオンの胸に突き刺さった。
怒りに任せたら、負ける。
分かっている。冷静さを失えば、判断を誤る。判断を誤れば、さらに仲間を失う。分かっている。
だが、止められなかった。
ザークスの姿が、目に焼き付いている。血塗れの体。消えかけた命。
「お前に……何が分かる……!」
レオンは叫んだ。
「お前に、部下を失う苦しみが分かるのか!」
返事はなかった。
沈黙が、闇の中に広がった。
レオンは荒い息をついていた。炎が、少しずつ弱まっていく。魔力の消耗が、限界に近づいている。
「……分かる」
ユイの声が、静かに響いた。
「分かるから、言っている。怒りに任せたら、負ける」
その声には、何かがあった。経験。痛み。レオンには分からない、何か深いもの。
「お前は……」
「今は戦え。怒りは、後で吐き出せ。今は、生き残ることだけを考えろ」
ユイの言葉が、レオンを現実に引き戻した。
そうだ。まだ終わっていない。ザークスは、まだ死んでいない。フィンもグレンも、生きている。
守らなければならない。
怒りを、押し殺した。
「……分かった」
レオンは、低く答えた。
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