第188話 分断
分身たちの動きが、変わった。
それまでは、全員を囲むように攻撃を仕掛けてきていた。連携を崩さないよう、クロウフォールとブレイズウォールは背中合わせに陣形を組んでいた。その陣形を、正面から崩しにくるのが分身たちの戦法だった。
だが、突然、分身たちが散開し始めた。
一体が左へ走る。一体が右へ回り込む。三体目が後方へ。四体目が前方へ。五体目が斜めに。
「何をする気だ……!」
レオンが叫んだ。
答えは、すぐに分かった。
分身たちが、闇を濃くしながら仲間たちの間に割り込んできた。ダークドメインが、局所的に深くなる。ユイとセイラの間に、闇の壁ができた。カイルとハンスの間にも。リリアとセリスの間にも。
リリアの光魔法が、完全にかき消された。
「リリア!」
ユイが叫んだ。返事がない。
闇が、全てを飲み込んでいた。隣にいたはずのセイラの姿が見えない。一歩先にいたはずのハンスの巨体すら、闇に溶けている。手を伸ばしても、何にも触れない。
「セイラ! ハンス!」
声だけが、闇に吸い込まれていく。反響すらない。音が、闇に食われている。
金属音が響いた。
剣と剣がぶつかる音。誰かが戦っている。だが、どこで、誰が、分からない。右か。左か。前か。後ろか。方向感覚が、完全に狂っている。
「ユイ!」
カイルの声が聞こえた。
「カイル! どこだ!」
叫んだ。だが、カイルの声は遠い。方向も分からない。返事があったのかどうかも、確認できない。
悲鳴が上がった。
女性の声だ。高い悲鳴。セリスか。アイリスか。リリアか。判別できない。誰かが傷ついた。誰かが苦しんでいる。だが、助けに行けない。
「誰か! 応答しろ!」
ユイは闇の中で叫んだ。
「ユイ……! こっち……!」
セイラの声だ。だが、すぐに途切れた。剣戟の音が重なり、何も聞こえなくなる。
爆発音。
レオンの炎魔法だ。赤い光が一瞬だけ闇を照らした。その光の中に、人影が見えた。誰かが吹き飛ばされている。分身か。仲間か。分からない。光は一瞬で消え、再び闇に包まれた。
「レオン! 無事か!」
「くそっ……! 見えない……! どこだ……!」
レオンの声が返ってきた。彼も状況を把握できていない。怒りと焦りが、声に滲んでいる。
「ザークス! フィン! グレン!」
レオンが部下たちの名を呼んでいる。だが、返事は聞こえない。
分身たちは、意図的に仲間を分断していた。
闇の中で孤立させ、一人ずつ仕留める戦術だ。集団で戦えば脅威になる相手も、一人ずつなら対処できる。単純だが、効果的な戦術だった。
ユイは短剣を構えたまま、周囲を警戒した。
足音。気配。何かが近づいている。闇の中で、空気が揺れた。
左だ。
反射的に短剣を振った。金属音が響く。分身の剣を、ぎりぎりで受け止めた。衝撃が腕に走り、体が押し戻される。
「くっ……!」
踏ん張った。だが、すぐに別の気配が右から迫った。
跳んだ。地面を転がり、距離を取る。起き上がると、闇の中で分身の赤い目が光っていた。
二体。いや、三体か。
囲まれている。
「誰か……!」
叫んだ。だが、仲間の声は聞こえない。金属音と悲鳴だけが、遠くから響いてくる。
ユイは悟った。
完全に孤立している。
クロウフォールの仲間たちは、どこにいる。セイラは。カイルは。リリアは。ハンスは。エルザは。アイリスは。セリスは。七人の仲間が、闇の中に散っている。
ブレイズウォールは。レオンは。ザークスは。フィンは。グレンは。四人の協力者も、同様に分断されている。
誰一人、見えない。声も届かない。
闇の中で、ユイは一人だった。
分身たちが、じりじりと距離を詰めてくる。赤い目が、闇の中で揺れている。三対の目。三体の分身が、ユイを囲んでいる。
背後から、また悲鳴が聞こえた。
今度は男の声だ。低い呻き声。カイルか。フィンか。ザークスか。誰かが、重傷を負ったのかもしれない。
助けに行かなければ。
だが、動けない。目の前の分身たちが、隙を与えない。一歩でも動けば、斬りかかってくる。
「くそっ……!」
ユイは歯を食いしばった。
指揮が機能していない。
仲間たちがどこで何をしているのか、把握できない。誰が無事で、誰が負傷しているのか、分からない。全員がバラバラに戦っている。連携も、支援も、不可能だ。
これが、カオスナイトの戦術。
分断して、孤立させて、一人ずつ潰す。
分かっていた。前世でも、同じ戦術を受けた。だが、あの時は一人だったから関係なかった。分断されようがされまいが、最初から一人だった。
今は違う。仲間がいる。守るべき人がいる。
なのに、守れない。
分身の一体が、剣を振り上げた。
ユイは短剣を構えた。受けるか、避けるか。判断する時間は、一瞬しかない。
闇の中で、ユイは孤立した。
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