第185話 撤退不可
ユイは決断した。
「撤退する!」
全員に向かって叫んだ。このまま戦い続けても、消耗するだけだ。カイルは負傷し、魔法は通じず、分身の数は減らない。勝ち目がない。
「撤退だと!」
レオンが怒鳴った。
「逃げるのか!」
「死ぬよりましだ! 態勢を立て直す!」
ユイは言い返した。
「全員、出口に向かえ! 戦闘は最小限に! 分身を振り切ることだけを考えろ!」
仲間たちが動き始めた。ハンスが石壁で分身を足止めし、その隙にセリスがカイルを支えて後退する。セイラとエルザが側面を守り、リリアとアイリスが後方を警戒する。
ブレイズウォールも撤退を始めた。レオンは不満そうだったが、ザークスとフィン、グレンが彼を促した。
「レオン様、今は退くべきです」
ザークスが言った。
「くそっ……!」
レオンは舌打ちしながらも、後退を始めた。
大広間から通路へ。来た道を戻り、廃墟の入口を目指す。
だが、すぐに異変に気づいた。
「出口が……」
アイリスが声を上げた。
通路の先が、見えない。闇に覆われている。
ダークドメインが、広がっていた。
ユイは足を止めた。振り返る。大広間の方向も、闇に包まれている。前も後ろも、完全な暗黒。
「閉じ込められている……」
ユイは呟いた。
ダークドメインの範囲は、半径20メートルのはずだった。だが、今は違う。廃墟全体が、闇に覆われている。カオスナイトの力が、前世をはるかに超えている。
「出口が見えない!」
フィンが叫んだ。
「どっちに行けばいい!」
グレンが周囲を見回した。だが、どの方向も同じ闇だ。方向感覚が、完全に失われている。
「壁に沿って進め!」
ユイが命じた。
「壁伝いに行けば、出口に辿り着ける!」
だが、その言葉を言い終わる前に、前方から気配が迫った。
分身だ。
撤退を阻むように、分身が通路を塞いでいる。
「前方に3体!」
セイラが叫んだ。
「後方にも来ます!」
リリアが警告した。
前後を挟まれた。逃げ道がない。
「横は!」
「壁ですわ! 道はありません!」
リリアが答えた。
完全に包囲されている。分身たちが、ゆっくりと距離を詰めてくる。逃げ場がない。戦うしかない。だが、戦っても勝てない。
ユイの頭の中で、思考が渦巻いた。
なぜだ。なぜこうなった。
前世では、カオスナイトから逃げることができた。ダークドメインの範囲外に出れば、闇は追ってこなかった。だが、今回は違う。領域が広すぎる。どこまで逃げても、闇の中だ。
「逃がす気がない……」
ユイは悟った。
カオスナイトは完全に覚醒している。封印から解放され、本来の力を取り戻した。いや、それ以上だ。封印されていた間に蓄えた力が、上乗せされている。
前世で戦った個体は、目覚めたばかりだった。力を蓄える時間がなかった。だから、あの程度で済んだ。
今回は違う。何十年も、あるいは百年以上も、封印の中で力を溜め込んでいた。その全てが、今、解き放たれている。
「勝てない……」
ユイの口から、言葉が漏れた。
「何を言っている!」
レオンが怒鳴った。
「諦めるのか!」
「諦めてない」
ユイは首を振った。
「だが、現実を見ろ。今の状態では、勝てない」
「なら、どうする!」
「分からない」
ユイは正直に答えた。
「分からない。だが、考える。考えて、答えを見つける」
分身たちが、さらに近づいてきた。10体が、11人を完全に包囲している。
「時間がない!」
ザークスが叫んだ。
「考えている暇は!」
「分かっている!」
ユイは短剣を構えた。
退路はない。戦うしかなかった。
だが、どうやって。
答えが、見つからない。
分身たちが、一斉に剣を構えた。
ユイは仲間たちを見回した。カイルは負傷し、セリスに支えられている。リリアは魔力を消耗し、顔が青白い。ハンスの石壁は何度も砕かれ、彼の体にも疲労が見える。セイラ、エルザ、アイリスも、消耗が激しい。
ブレイズウォールも同様だった。レオンは怒りで身を震わせているが、その炎は先ほどより弱い。ザークスは冷静を保とうとしているが、表情に焦りが滲んでいる。フィンとグレンは、もう限界に近い。
全員が、限界に近づいている。
このまま戦えば、全滅する。
だが、戦わなければ、その場で殺される。
どちらを選んでも、結末は同じだ。
退路はない。
戦うしかなかった。
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