第184話 最初の負傷者
剣が振り下ろされる。
ユイの目に、闇を纏った刃が映った。回避が間に合わない。体が動かない。
死ぬ。
その確信が、頭を過ぎった瞬間だった。
「ユイさん!」
カイルが飛び込んできた。盾を構え、ユイの前に立ちはだかる。分身の剣が、カイルの盾に激突した。
轟音。
金属が軋み、火花が散った。衝撃がカイルの体を貫き、彼の足が地面を削る。それでも、カイルは踏みとどまった。両腕で盾を支え、全身の力で剣を受け止めている。
だが、分身の力は人間の限界を超えていた。
カイルの体が、吹き飛んだ。
盾ごと弾き飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。鈍い音が響き、カイルの体が崩れ落ちた。
「カイル!」
ユイが叫んだ。
カイルは倒れたまま動かない。その腕から、血が流れていた。盾を持っていた左腕。肘から先が、不自然な角度に曲がっている。
骨が折れた。
盾は砕けていた。カイルが誇りにしていた銀色の盾。それが、無残な破片となって床に散らばっている。
「カイル! しっかりして!」
セリスが駆け寄った。両手を翳し、回復魔法を発動する。淡い光がカイルの体を包み、傷口を塞ごうとする。
だが、カオスナイトは止まらなかった。
分身の一体が、セリスに向かって剣を振り上げた。
「セリス!」
リリアが叫んだ。光魔法を放ち、分身の動きを一瞬だけ止める。その隙に、エルザがセリスを引っ張り、後方に退避させた。
「回復を続けて!」
エルザが言った。短剣を構え、セリスを守る位置に立つ。
「私が守る」
セリスは頷き、再びカイルの治療に集中した。回復魔法の光が、カイルの腕を包む。だが、骨折の治療には時間がかかる。
「カイル、しっかり……!」
セリスの声が震えていた。
カイルが、薄く目を開けた。
「ユイ、さん……無事、ですか……」
「喋るな。治療に集中しろ」
ユイが傍に膝をついた。カイルの顔は青白く、額に汗が浮かんでいる。
「すみません……盾、壊れちゃいました……」
「いい。お前が生きていれば、それでいい」
ユイはカイルの肩に手を置いた。だが、すぐに立ち上がらなければならなかった。分身たちが、再び動き始めている。
「ハンス、ここを守れ! セリスの治療が終わるまで!」
「了解」
ハンスが前に出た。石壁を展開し、カイルとセリスを守る。
ユイは短剣を構え、分身たちに向き直った。
レオンが炎を放っていた。分身に向けて、全力の炎魔法。赤い炎が闇を照らし、分身の体を包む。
「燃えろ!」
レオンが叫んだ。
炎が分身を焼く。だが、分身は止まらない。炎を纏ったまま、レオンに向かって剣を振る。レオンが後退し、拳で剣を弾く。だが、反動で自分の体も後ろに下がる。
「効いていない……!」
フィンが叫んだ。
「炎が効かない……!」
グレンが呻いた。
ブレイズウォールの主力である炎魔法が、全く通用していない。分身は炎を吸収し、それを自らの力に変えている。攻撃すればするほど、敵が強くなる。
「物理も魔法も、通じない……?」
ユイは呟いた。
物理攻撃は弾かれる。魔法攻撃は吸収される。どちらも、ダメージを与えられない。
では、どうすればいい。
答えが見つからない。
セイラが氷魔法を放った。氷槍が分身に向かって飛ぶ。だが、分身は剣で氷槍を砕いた。破片が飛び散り、何の効果も残さない。
「氷も駄目か……」
セイラが舌打ちした。
アイリスが周囲を飛び回り、分身の注意を引こうとしていた。だが、分身は彼女を無視している。脅威と見なされていない。
「どうすれば……」
アイリスの声が、小さく響いた。
リリアが再び光魔法を放った。分身の動きが、一瞬だけ鈍る。だが、すぐに回復する。光の効果は、ほんの一瞬だ。
「持続しませんわ……!」
リリアが叫んだ。
「光を当て続けても、すぐに闇に飲み込まれます……!」
全ての攻撃が、通じない。物理も、魔法も、光も。
カオスナイトは、完全に覚醒していた。封印から解放され、蓄えた力を全て解き放っている。今の彼は、ユイが前世で戦った個体とは比較にならない。
「くそっ……」
レオンが吠えた。
「どうすればいい! 何をすれば倒せる!」
その問いに、ユイは答えられなかった。
分身たちが、再び攻撃態勢を取った。10体が、生き残った全員を囲んでいる。
逃げ場がない。
勝ち筋が、見えない。
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