第183話 本体の速度
ユイは目を凝らした。
闇の中で、10体の影が動いている。どれも同じ姿。同じ大きさ。同じ武器。見た目では、全く区別がつかない。
だが、前世の経験がある。分身は本体より動きが遅い。それが、唯一の識別点だった。あの時も、その差を見極めて本体を特定し、集中攻撃で仕留めた。
ユイは分身たちの動きを観察した。剣を振る速度。足を踏み出すタイミング。体を捻る角度。全てを注視し、僅かな差異を探す。
だが、見つからない。
全ての個体が、同じ速度で動いている。
「嘘だろ……」
ユイは呟いた。
ありえない。分身は本体の劣化コピーのはずだ。本体と同じ速度で動くことなど、不可能なはずだった。
だが、目の前の現実が、その常識を覆している。
「見分けがつかない……!」
ユイが叫んだ。
「本体と分身の区別ができない!」
「何だと!」
レオンが怒鳴った。
「さっき、分身は本体より遅いと言っただろう!」
「今回は違う! 全部同じ速度で動いている!」
ユイの声が、焦りを帯びていた。経験が通用しない。前世の知識が、裏切られている。
分身の一体が、ユイに向かって斬りかかってきた。ユイは横に跳んで回避する。直後、別の分身が追撃してくる。短剣で受け流し、さらに後退した。
2体の動きを比較する。速度は同じ。タイミングも同じ。どちらが本体か、判断できない。
「なぜだ……!」
ユイは叫んだ。
前世と何が違う。封印で力を蓄えた。それは分かっている。だが、分身の質まで向上するものなのか。
分からない。何も分からない。
ユイの経験が、通用しない。
20年分の知識。38年分の人生で積み上げた戦闘経験。それが、全く役に立たない。目の前の敵は、ユイの知るカオスナイトとは別物だった。
「ユイ!」
セイラが叫んだ。
「どうすればいい!」
「分からない……」
ユイは正直に答えた。
「分からない。本体を見分ける方法が、見つからない」
セイラの目が、一瞬だけ揺らいだ。ユイが「分からない」と言うのを、彼女は初めて聞いた。
「なら、全部倒す!」
レオンが叫んだ。
「本体も分身も関係ない! 片っ端から潰せ!」
彼は炎を纏い、最も近い分身に突っ込んだ。拳が分身の胸を打つ。だが、分身は崩れない。逆に、レオンの炎が吸い取られていく。
「くそっ……!」
レオンが後退した。魔力を吸収された反動で、動きが鈍っている。
「駄目だ、吸収される!」
ザークスがレオンを庇い、剣で分身を牽制した。だが、すぐに別の分身が横から襲いかかる。ザークスの鎧が軋み、彼の体が横に吹き飛んだ。
「ザークス!」
フィンが叫んだ。
ユイは必死に考えた。本体を見分けられないなら、別の方法を探すしかない。だが、何がある。分身を全て倒す。それは不可能だ。倒しても再生する。魔力を吸収して、何度でも復活する。
では、魔力の供給源を断つ。本体を倒せば、分身への供給も止まる。だが、その本体が見分けられない。
堂々巡りだ。答えが見つからない。
分身の一体が、ユイの正面に現れた。巨大な剣が振り下ろされる。ユイは横に跳んで回避した。だが、着地した瞬間、別の分身が背後から斬りかかってきた。
「危ない!」
カイルが盾で割り込んだ。分身の剣を受け止める。だが、衝撃でカイルの体が押し込まれ、ユイと共に後退を余儀なくされた。
「ユイさん、大丈夫ですか!」
「ああ……」
ユイは答えた。だが、心の中は動揺していた。
前世の知識が、裏切られる。
これまで、ユイの強みは知識だった。20年後から戻ってきた。未来を知っている。敵の弱点を知っている。それが、ユイを支えてきた。
だが、今は違う。
目の前の敵は、ユイの知識の外にいる。予想を超えた存在。経験を超えた脅威。
「なぜだ……!」
ユイは叫んだ。
その声には、焦りと恐怖が滲んでいた。
分身たちが、再び動いた。10体が、同時に攻撃態勢を取る。
ユイは短剣を構えた。だが、手が震えていた。
どうすればいい。どうすれば勝てる。答えが、見つからない。
カオスナイトの剣が、ユイに向かって振り下ろされた。
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