第180話 完全解放
カオスナイトが、完全に顕現した。
以前、みんなで見た姿だった。前回遭遇した時と同じ、闇を纏った騎士の姿。だが、何かが違う。あの時は、まだ封印の中にいた。完全には覚醒していなかった。
今は違う。
存在感が、桁違いに増している。
身長は約3メートル。人間の倍近い巨躯だ。だが、それ以上に大きく感じる。視界に入っているだけで、圧迫感がある。息苦しい。胸を押さえつけられているような重圧が、大広間全体を支配していた。
空気が、震えている。
カオスナイトが一呼吸するたびに、闇が脈打つ。その存在そのものが、周囲の空間を歪めているかのようだった。
「これが……」
レオンが呻くように言った。
「幻モンスター」
その声には、普段の傲慢さがなかった。初めて見る本物の脅威に、レオンですら言葉を失っている。
フィンは剣を構えたまま、一歩も動けなかった。グレンの炎が、僅かに揺らいでいる。ザークスは冷静を保とうとしているが、額に汗が浮かんでいた。
クロウフォールの仲間たちも同様だった。カイルの盾を持つ手が震えている。リリアは杖を握り締め、青白い顔で陣を見つめていた。セリスは両手を胸の前で組み、祈るような姿勢で立ち尽くしている。
ハンスだけが、無言で前に出た。ゴーレムの彼には、恐怖という感情が薄いのかもしれない。それでも、その動きはいつもより慎重だった。
ユイは、息を呑んだ。
違う。
前世で戦った時より、明らかに強い。
あの時のカオスナイトも、圧倒的な存在だった。闇の領域で視界を奪い、分身で翻弄し、魔力を吸収して回復する。一人で戦い、何度も死にかけ、辛うじて勝利した。
だが、目の前のカオスナイトは、あの時の個体を超えている。
纏っている闇の濃さが違う。放っている威圧感が違う。存在そのものの密度が、段違いに高い。
なぜだ。
ユイは考えた。同じカオスナイトのはずだ。幻モンスターは討伐されても数年で蘇る。だが、個体としての強さは変わらないはずだった。
封印。
その言葉が、頭に浮かんだ。
「封印が長かった分、力を蓄えていた……?」
ユイは呟いた。
リリアが言っていた。封印は古い。数十年、あるいは百年以上。その間、カオスナイトは封印の中で眠っていた。だが、眠っていただけではなかった。力を溜め込んでいた。封印という檻の中で、ひたすらに。
解放された今、その蓄積された力が、全て解き放たれている。
「まずい」
ユイの声は、自分でも驚くほど小さかった。
カオスナイトが動いた。
首を巡らせ、大広間にいる全員を見渡す。深紅の双眸が、一人一人を捉えていく。品定めをするように。あるいは、殺す順番を決めるように。
その視線がユイで止まった。
一瞬、時間が止まったように感じた。深紅の光が、ユイを射抜いている。他の誰でもない。ユイだけを見ている。
何かを感じ取ったのか。前世で戦った記憶が、魂に刻まれているのか。それとも、単なる偶然か。
分からない。だが、カオスナイトは確かにユイを認識していた。
「ユイさん……」
カイルが囁いた。
「動くな」
ユイは答えた。声を押し殺して、仲間たちに指示を出す。
「まだ動くな。相手の出方を見る」
「見てどうする」
レオンが低く言った。
「先手を取らないのか」
「取れない。今動けば、全員死ぬ」
ユイは断言した。
カオスナイトの視線が、ユイから外れた。再び全員を見渡し、それから正面を向いた。
そして、一歩を踏み出した。
地面が揺れた。たった一歩で、大広間全体が軋む。重厚な足音が、石の床を打つ。闇が揺らめき、カオスナイトの周囲に渦を巻いた。
「来る」
セイラが呟いた。双剣を構え、いつでも動けるように腰を落とす。
「全員、散開しろ」
ユイが命じた。
「正面から受けるな。側面に回れ。攻撃は私の合図で」
「合図?」
「まだだ。まだ攻撃するな」
ユイは繰り返した。
カオスナイトが、さらに一歩を踏み出した。闇が広がり、大広間の明かりが薄れていく。リリアの光魔法が、押し返されている。
「ユイ」
レオンが叫んだ。
「いつまで待つ!」
「まだだ」
ユイは答えた。
だが、心の中では別のことを考えていた。
勝てるのか。
この相手に、勝てるのか。
前世で戦った個体より、確実に強い。今の自分たちの戦力で、本当に勝てるのか。
カオスナイトが、剣を持ち上げた。闇のオーラを纏った巨大な剣。それが、ゆっくりと構えられる。
戦いが、始まろうとしていた。
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