第179話 封印崩壊
激震が走った。
ユイが対策を説明している最中だった。地面が揺れ、廃墟全体が軋んだ音を立てた。
「何だ!」
レオンが叫んだ。全員が体勢を崩し、壁や柱に手をついて身を支える。
揺れは数秒で収まった。だが、空気が変わっていた。重く、冷たく、肌を刺すような圧迫感が廃墟全体を包んでいる。
「地震……じゃないですわね」
リリアが青ざめた顔で呟いた。
「封印陣だ」
ユイは即座に判断した。廃墟の奥へ走り出す。仲間たちが後に続いた。
通路を駆け抜け、大広間に飛び込む。そこで、ユイは足を止めた。
封印陣が崩れ始めていた。
昨夜見た時とは比較にならない。亀裂が陣全体に広がり、光が制御を失ったように明滅している。青白い光と赤い光が混ざり合い、不吉な輝きを放っていた。
「何が起きた……」
カイルが息を呑んだ。
「封印が、解けますわ!」
リリアが叫んだ。彼女の目は陣の中央に向けられている。そこでは光が渦を巻き、亀裂から闇が漏れ出していた。
ザークスが剣に手をかけた。フィンとグレンも武器を構える。レオンは前に出て、陣を睨みつけた。
「これが、お前の言っていた」
「ああ」
ユイは短く答えた。予想より早い。何かが起きた。誰かが、封印を壊した。
考えている暇はなかった。
「全員、下がれ!」
ユイが叫んだ瞬間、封印陣の中央が砕けた。
光が弾け、衝撃波が広がる。全員が後方に吹き飛ばされた。ユイは地面を転がりながらも、視線を陣から離さなかった。
陣の中央に、巨大な亀裂が走っている。その亀裂から、闇が噴き出していた。液体のように、煙のように、実体があるのかないのか分からない黒い靄が、大広間を侵食していく。
「光を!」
リリアが杖を掲げた。光魔法が発動し、白い輝きが闇を押し返そうとする。だが、効果は薄い。闇は光を飲み込み、さらに広がっていった。
「効かない……」
リリアの声が震えた。
「まだだ。今は抑えるだけでいい」
ユイが言った。立ち上がり、短剣を抜く。周囲の仲間たちも体勢を立て直していた。
カイルが盾を構える。セイラが双剣を抜いた。ハンスが前に出て、石壁を展開する準備をする。エルザは影に溶けるように姿を消し、アイリスとセリスは後方で警戒態勢を取った。
ブレイズウォールも動いていた。レオンが炎を纏い、ザークスが剣を抜く。フィンとグレンが左右に散開した。
11人の視線が、陣の中央に集中した。
闇が渦を巻いている。その中心で、何かが形を成そうとしていた。
「来るぞ」
レオンが低く言った。
闇が膨れ上がった。大広間の半分を覆うほどの黒い靄が、中央に向かって収束していく。まるで、何かを生み出すために力を集めているかのように。
ユイは息を殺して見つめた。前世の記憶が蘇る。あの時と同じだ。カオスナイトが顕現する直前の、この圧倒的な存在感。だが、何かが違う。前世で感じた時よりも、遥かに重い。
「ユイさん」
カイルが隣に立った。盾を構え、ユイを守るように。
「大丈夫だ」
ユイは答えた。だが、声が僅かに震えていた。
闘の収束が終わった。黒い靄が一点に凝縮され、人型を形作っていく。最初は輪郭だけ。次に四肢が生まれ、頭部が形成され、全身に鎧のようなものが纏わりついた。
3メートルを超える巨躯。闇を纏った重厚な鎧。背中には外套のように影が揺らめき、右手には巨大な剣が握られている。
そして、顔があるべき場所に、2つの光が灯った。
深紅の光。
人間の瞳ではない。感情も、意思も読み取れない。ただ、圧倒的な力だけを宿した、赤い光。
「あれが……」
フィンが声を震わせた。
「幻モンスター」
ザークスが呟いた。
カオスナイトは動かなかった。ただそこに立ち、深紅の双眸で周囲を見渡している。品定めをするように。獲物を選ぶように。
ユイは短剣を握り締めた。手のひらに汗が滲む。心臓が激しく打っている。
前世で戦った時のことを思い出す。あの時は、一人だった。仲間はいなかった。それでも、辛うじて勝った。
だが、今は違う。
今は、仲間がいる。
闇の中から、赤い光が2つ、こちらを見つめていた。
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