第177話 朝の異変
夜明けが来た。
空が白み始める頃、ユイは全員を起こした。
「話がある」
短い言葉だけを告げて、焚き火の周りに仲間たちを集めた。ブレイズウォールのメンバーも、ユイの様子を見て集まってきた。
「どうした、朝っぱらから」
レオンが低い声で問う。
ユイは全員の顔を見渡した。クロウフォールの仲間7人。ブレイズウォールの4人。11人の視線が、ユイに集中している。
「昨夜、封印陣を見てきた」
ユイは淡々と報告した。
「ひび割れが広がっていた。光が脈打っていた。封印が、もうすぐ解ける」
沈黙が広がった。
リリアが息を呑んだ。カイルの顔が強張る。セリスが不安そうにユイを見つめた。
「もうすぐ、とは」
ザークスが確認するように問うた。
「今日かもしれない。明日かもしれない。だが、数日以内には確実に解ける」
「根拠は」
「亀裂の広がり方。光の強さ。脈動の間隔。全てが、限界に近づいている兆候だ」
ユイは冷静に答えた。
だが、心の中は違った。前世の記憶が、警告を発している。封印から解放されたカオスナイトは、予想以上に強い可能性がある。
「なら、解ける前に叩く」
レオンが即座に言った。
「封印が解ける前に、中に何があるか確認して、潰す。それが最善だろう」
「待て」
ユイが制した。
「今の状態で挑めば、全滅する」
「何だと」
レオンの目が鋭くなった。
「封印の下にいるのは、カオスナイトだ。幻モンスターの一体。昨日も言った」
「だから何だ。俺たちは12人いる。力を合わせれば」
「相手は単なる強敵じゃない」
ユイはレオンの視線を真っ直ぐに受け止めた。
「闇の領域を展開すれば視界が奪われる。分身を出されれば数の優位が崩れる。魔力を吸収されれば、魔法が使えなくなる。正面から挑んでも、押し切られる」
「なら、どうしろと言うんだ」
「対策を練る。光魔法で闇を弱める準備。本体を見極める方法。短期決戦で核を砕く手順。全てを整えてから戦う」
レオンは舌打ちした。
「悠長すぎる。その間に封印が解けたらどうする」
「解けても、すぐには動かない。幻モンスターは顕現直後に力が不安定になる傾向がある」
「傾向? 推測で作戦を立てるのか」
「推測じゃない」
ユイは言葉を切った。
言いたいことは山ほどあった。前世で戦った経験。カオスナイトの弱点を見極めた方法。一人で勝つまでにどれだけの時間がかかったか。
だが、それは言えない。
「……知識だ。確かな知識に基づいている」
「知識? どこで得た」
「答えられない」
レオンの表情が険しくなった。
「お前はいつもそうだ。肝心なことは何も言わない。自分だけが何かを知っていて、俺たちには教えない」
「今は話す時じゃない」
「いつまでそれを言う」
レオンが一歩前に出た。
「臆病者め」
その言葉が、空気を凍らせた。
カイルが身を乗り出そうとした。フィンが目を見開く。ザークスが「レオン様」と呼びかけようとした。
「……黙って聞け」
静かな声が響いた。
セイラだった。
彼女はレオンとユイの間に立ち、レオンを真っ直ぐに見据えた。
「臆病者? 違う」
セイラの声は低く、芯があった。
「ユイの判断は、今まで外れたことがない」
「何?」
「カオスナイトに最初に遭遇した時も、ユイが撤退を決めた。あの時、強行していたら全滅していた」
セイラは淡々と続けた。
「幻モンスターの情報。封印の構造。対処法。全てユイが知っていた。私たちは、その判断で生き延びてきた」
「だから何だ。それは過去の話だ」
「過去も現在も、変わらない。ユイは正しい判断をしてきた。今回も、そうだ」
セイラの目は、レオンから逸らさなかった。
「お前が力を誇るのは勝手だ。だが、今は聞け。ユイの言葉を」
沈黙が流れた。
レオンはセイラを睨んでいた。だが、何も言い返さなかった。
数秒の間。
「……ちっ」
レオンは舌打ちして、視線を外した。
「分かった。聞いてやる。で、どうすればいい」
ユイは小さく息を吐いた。
セイラの援護に、心の中で感謝した。
「まず、光魔法の準備だ。リリア、どのくらいの規模で闇を弱められる」
「範囲と時間次第ですわ。全力なら、半径10メートルを30秒程度」
「それでいい。次に、分身の対処法を」
ユイは説明を始めた。
戦術を練る時間はある。
だが、封印が解けるまでの猶予は、どれだけ残っているか。
ユイには分からなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
レオンは黙った。
だが、納得はしていなかった。
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