第175話 緊張の夜
日が落ちた。
廃墟の入口付近に、二つの野営地が設けられた。
ブレイズウォールとクロウフォール。距離を置いて、それぞれが休息を取っている。
焚き火の明かりが、夜の闇を照らしていた。
「カイル、見張りを頼む」
ユイが言った。
「了解です」
カイルが立ち上がり、廃墟の入口に向かった。盾を背負い、周囲を警戒する姿勢だ。
残りの仲間たちは、焚き火の周りで休んでいた。
「疲れましたわね」
リリアが肩を回した。
「封印陣の分析、かなり神経を使いました」
「お疲れ様です」
セリスが水を差し出した。
「ありがとう」
リリアは水を受け取り、一口飲んだ。
「でも、まだ分からないことが多いですわ。誰が封印を緩めているのか。なぜ今なのか」
「……考えても、今は答えが出ない」
エルザが短く言った。
「休んだ方がいい」
「そうですわね」
リリアは頷いた。
アイリスとセリスが先に横になった。ハンスは無言で座ったまま、目を閉じている。眠っているのか、起きているのか、分からない。
セイラは少し離れた場所で、空を見上げていた。
ユイは焚き火の傍に座り、炎を見つめていた。
揺れる炎。パチパチと薪が爆ぜる音。
静かな夜だった。
だが、ユイの心は落ち着かなかった。
11番柱が光った。
あの瞬間を、ユイは忘れられない。
グラヴォルス。
前世で戦い、決着をつけられなかった存在。
それが今、反応した。
何を意味しているのか。
考えても、答えは出なかった。
「おい」
低い声が聞こえた。
ユイが顔を上げると、レオンが立っていた。
「少し話がある」
「……何だ」
「ついて来い」
レオンは踵を返し、焚き火から離れた場所へ歩いていった。
ユイは立ち上がり、その後を追った。
廃墟の壁際。月明かりが、二人の姿を照らしている。
「お前、何を知っている」
レオンが単刀直入に問うた。
「さっきも聞いた」
「答えなかっただろう」
「今も答えない」
レオンの目が細くなった。
「俺を信用していないのか」
「信用の問題じゃない」
ユイは静かに答えた。
「今は、話す時じゃない」
「話す時じゃない?」
「ああ」
「いつなら話すんだ」
「分からない」
レオンは舌打ちした。
「お前は本当に理屈っぽいな」
「よく言われる」
「褒めていない」
「分かっている」
沈黙が流れた。
月明かりの下、二人は向き合っていた。
「カオスナイトの情報」
レオンが口を開いた。
「あれは、本で読んだ知識じゃないだろう」
「……」
「お前、実際に戦ったことがあるのか」
ユイは答えなかった。
だが、沈黙が答えになっていた。
レオンの目が、わずかに見開かれた。
「戦ったのか。幻モンスターと」
「……答えられない」
「答えられない、か」
レオンは腕を組んだ。
「最下位のクラウンが、幻モンスターと戦った経験がある。おかしな話だな」
「おかしいと思うなら、それでいい」
「俺は事実を知りたいだけだ」
「今は話せない」
ユイは繰り返した。
「確証がないことは言えない。それだけだ」
レオンは黙ってユイを見つめた。
数秒の沈黙。
「……いいだろう」
レオンは背を向けた。
「だが、何かあったら俺にも教えろ」
「何か、とは」
「カオスナイトが出てきた時だ」
レオンは肩越しに振り返った。
「お前の知識が必要になるかもしれない。その時は、惜しまず出せ」
「……分かった」
ユイは短く答えた。
レオンは頷き、自分の野営地へ戻っていった。
ユイはその場に立ち尽くしていた。
信用の問題じゃない。
そう言った。
だが、本当にそうだろうか。
仲間にも、レオンにも、何も話していない。
11番柱のことも。前世のことも。
ユイは、一人で抱え込んでいる。
それが正しいのかどうか、分からなかった。
ユイは焚き火の方へ戻った。
夜が更ける。
廃墟の奥では、封印陣が微かに脈打っていた。
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