第171話 封印の歪み
床に刻まれた魔法陣が、青白い光を放っている。
複雑な幾何学模様。何層にも重なった線と紋様。その規模は、大広間の床一面を覆うほどだった。
ブレイズウォールの4人は、陣の前で立ち尽くしている。
レオンが振り返った。
「来たか、最下位」
「……ああ」
ユイは短く応じ、魔法陣へ視線を向けた。
前に来た時、この場所には何もなかった。
カオスナイトと戦い、撤退した。だが、この陣は見ていない。
なぜ今、これが現れている。
「リリア」
「はい」
リリアが前に出た。杖を構え、魔法陣を注視する。
彼女の緑色の瞳が、紋様の上を滑るように動いた。
「これは……」
リリアの声が、わずかに震えた。
「封印陣ですわ」
「封印陣?」
カイルが問い返す。
「ええ。何かを封じ込めるための魔法陣です」
リリアは陣の縁に沿って歩き始めた。
「ナオミ先生の講義で学びました。この構造……複数の層で構成されています」
「複数の層?」
「外側から順に、封じる対象の力を弱め、動きを止め、存在を閉じ込める。三重の封印構造ですわ」
リリアはしゃがみ込み、陣の一部を指さした。
「ですが……」
「何かあるのか」
レオンが近づいてくる。
「ここを見てください」
リリアが指さした場所には、線の歪みがあった。
本来なら滑らかに繋がるはずの紋様が、わずかにずれている。さらに、その周囲には細かなひび割れが走っていた。
「陣が……歪んでいますわ」
「歪んでいる?」
「ええ。本来の形から、ずれています」
リリアは立ち上がり、陣全体を見渡した。
「そして、このひび割れ。封印が……緩んでいます」
その言葉に、空気が張り詰めた。
「緩んでいる、だと?」
レオンの声が低くなる。
「何が封じられている」
「分かりません。ですが……」
リリアは陣の中央を見つめた。
「一番奥の層に、何かがあります。それを封じるために、この陣は存在している」
ユイは黙って陣を見つめていた。
前世の記憶が、頭の中で渦を巻いている。
この陣。この構造。
見覚えがある。だが、前世ではここに陣はなかった。
何かが違う。
何かが、変わっている。
「ユイさん」
カイルの声で、我に返った。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
ユイは表情を変えずに答えた。
だが、胸の奥で嫌な予感が膨らんでいた。
「この陣、いつからあるんだ」
レオンがリリアに問う。
「正確には分かりません。ですが、紋様の風化具合から見て……かなり古いものですわ」
「古い?」
「ええ。少なくとも、数十年。もしかしたら、百年以上かもしれません」
「だが、緩んでいるんだろう」
「はい」
リリアは頷いた。
「自然に緩んだとは思えません。この歪み方は……」
彼女は言葉を切り、陣のひび割れを見つめた。
「誰かが、意図的に緩めている」
その言葉が、大広間に響いた。
誰も口を開かなかった。
意図的に。
誰かが、この封印を解こうとしている。
「誰がそんなことを」
フィンが声を上げた。
「封印を解いたら、中のものが出てくるんだろう? なぜそんな危険なことを」
「分かりません」
リリアは首を振った。
「ですが、事実として、この陣は緩んでいます。放置すれば、いずれ……」
「解ける、ということか」
ザークスが静かに言った。
「その可能性は高いですわ」
沈黙が落ちた。
ユイは陣を見つめ続けていた。
前世では、ここに陣はなかった。
カオスナイトは、封印されていなかった。
だが今、この陣がある。そして、緩んでいる。
何が起きている。
誰が、何のために。
「……調査を続ける」
ユイは静かに言った。
「この陣について、もっと調べる必要がある」
レオンが振り返った。
「お前たちも調べるのか」
「ああ。私たちの目的は、異常の原因を突き止めること」
「この陣が、その原因だ」
レオンは鼻を鳴らした。
「俺たちの目的は排除だ。原因を調べるのはお前たちに任せる」
「……そうか」
ユイは短く応じた。
リリアが陣の周囲を歩き、さらに詳しく調べ始める。
ユイはその姿を見ながら、考えていた。
誰かが、意図的に封印を緩めている。
その目的は何だ。
そして、封印の下には何がある。
答えは、まだ見えない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
このままでは、何かが起きる。
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