第170話 廃墟の入口
森を抜けた先に、それはあった。
崩れかけた石壁。蔦に覆われた柱。かつて何かの建造物だったであろう残骸が、木々の間に佇んでいる。
廃墟だ。
ユイは足を止め、その光景を見つめた。
以前、クロウフォールがここを訪れたのは数ヶ月前のことだ。あの時はカオスナイトと遭遇し、撤退戦を行った。ハンスの石壁はひび割れ、カイルの盾は凹んだ。全員が命からがら逃げ延びた場所だ。
「……ここだ」
セイラが低く呟いた。
「覚えている。この場所」
「ああ」
ユイは頷いた。
だが、何かが違う。
前に来た時とは、様子が変わっている。
「アイリス」
「うん、見てくる」
アイリスが低空飛行で廃墟の周囲を偵察に向かった。残りの7人は、入口の手前で待機する。
「前より……荒れていますわね」
リリアが周囲を見回した。
「草が踏み荒らされています。最近、誰かが出入りした形跡ですわ」
「ブレイズウォールか」
カイルが言った。
「先に到着してるんですね」
「……それだけじゃない」
エルザが地面を見つめていた。
彼女はしゃがみ込み、土の上に残された痕跡を指でなぞった。
「足跡が複数ある。4人以上。だが……」
「だが?」
「古いものと、新しいものが混在している」
エルザは立ち上がり、廃墟の入口を見つめた。
「ブレイズウォールだけじゃない。他にも誰かが来ていた」
その言葉に、ユイの目が細くなった。
他にも誰かが。
依頼が出される前から、この場所に出入りしていた者がいる。
アイリスが戻ってきた。
「ユイ、中に人がいるよ」
「ブレイズウォールか」
「たぶん。4人くらいの気配。廃墟の奥の方にいる」
「他には」
「他には……いないと思う。でも、変なものを見つけた」
アイリスの表情が曇った。
「奥の方から、光が漏れてる。薄い、青白い光」
「光?」
「うん。前に来た時には、なかったよね」
ユイは黙って廃墟を見つめた。
前に来た時には、なかった。
あの時、クロウフォールはカオスナイトと戦い、命からがら撤退した。だが、この光は見ていない。
だが、今は違う。
奥から光が漏れている。それは、何かが変わったことを意味している。
「入るぞ」
ユイの言葉に、全員が頷いた。
隊列を組み直し、廃墟の中へ足を踏み入れる。
内部は薄暗かった。崩れた天井から差し込む光が、埃っぽい空気を照らしている。床には瓦礫が散乱し、壁には蔦が這っていた。
だが、その中に新しい足跡があった。
複数の靴跡が、奥へ向かって続いている。
「……最近のものだ」
エルザが足跡を確認した。
「土が乾いていない。数時間以内」
「ブレイズウォールだな」
カイルが言った。
「急いでいたようですわね」
リリアが足跡の間隔を見て呟いた。
「歩幅が広い。走っていたか、早足だったか」
「……何かを見つけたのか」
セイラが低く言った。
ユイは頷き、足跡を追って奥へ進んだ。
廃墟の内部は、迷路のように入り組んでいた。崩れた壁が通路を塞ぎ、瓦礫が道を狭めている。だが、足跡は確かに続いていた。
やがて、光が見えてきた。
青白い、淡い光。
通路の奥から漏れている。
ユイは足を止め、仲間たちに合図を送った。
全員が息を潜める。
光の先には、広い空間があった。かつては大広間だったのだろう。天井は半分崩れ、空が見えている。
その中央に、ブレイズウォールの4人がいた。
レオン、ザークス、フィン、グレン。彼らは何かを見つめている。
そして、彼らの視線の先に、それがあった。
床に刻まれた巨大な紋様。
複雑な幾何学模様が、石の床一面に広がっている。その紋様が、青白い光を放っていた。
ユイの胸に、冷たいものが走った。
前世の記憶が、警鐘を鳴らしている。
この紋様。この光。
見覚えがある。
だが、前に来た時には、ここにこんなものはなかった。
「あの光……」
リリアが息を呑んだ。
「魔法陣だ」
ユイは静かに言った。
魔法陣。それも、ただの魔法陣ではない。
あの規模、あの複雑さ。
何かを封じるための陣だ。
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