第169話 北への道
王都ティリアスの北門を抜けると、街道が真っ直ぐに伸びていた。
クロウフォールの8人は、隊列を組んで進む。
先頭はユイとカイル。前衛として周囲を警戒しながら歩く。その後ろにセイラとエルザ。中衛として左右に目を配る。さらに後方にリリアとセリス。支援と回復を担う二人は、常に全体を見渡せる位置にいた。最後尾はハンスとアイリス。ハンスの巨体が背後からの奇襲を防ぎ、アイリスが上空から周囲を偵察する。
街道沿いには、まばらに旅人の姿があった。商人の馬車、巡回の兵士、他の冒険者たち。だが、北へ向かう者は少ない。
「ユイさん」
カイルが声をかけてきた。
「何だ」
「ブレイズウォールと鉢合わせしたら、どうしますか」
「……避ける」
ユイは短く答えた。
「今は争う時じゃない」
「でも、向こうが仕掛けてきたら……」
「その時は対応する。だが、こちらからは仕掛けない」
カイルは頷いた。
「分かりました。俺も、できれば戦いたくないです」
「……同感だ」
後方から、セイラの声が聞こえた。
「……あいつら、何を調べに行ったんだ」
「異常調査という依頼内容でしたわ」
リリアが答える。
「私たちと同じです。ただ、目的が違うようですが」
「目的?」
「レオン・ドラグナーは『排除』と言っていました。異常があれば、力で解決する。それが彼らのやり方なのでしょう」
「……単純だな」
セイラが呟いた。
「単純ですが、効果的ではありますわ」
リリアの声には、わずかな皮肉が混じっていた。
「3位のクラウンとして評価されているのは、その実績があるからです。討伐数、成功率、どちらも王都トップクラス」
「でも、それだけじゃ……」
セリスが口を挟んだ。
「原因を調べないと、また同じことが起きませんか?」
「その通りですわ」
リリアが頷いた。
「だから私たちは、原因を突き止めに行く。排除ではなく、理解のために」
ユイは黙って聞いていた。
リリアの言葉は正しい。だが、ユイには別の理由があった。
北の森。あの廃墟。以前、撤退を選んだ場所。
あの時感じた気配。異様な圧力。そして、セイラが口にした「見られている」という感覚。
答えは、あの場所にある。
街道を進むにつれ、周囲の景色が変わっていった。
畑や牧草地が減り、木々が増える。道幅も狭くなり、馬車とすれ違うのがやっとになった。
「もうすぐ森だよ」
アイリスが上空から声をかけた。
「先に誰かいる?」
「見えないかも。木が多くて」
「……了解」
ユイは足を速めた。
やがて、街道が森の中へ入っていく。
木々が頭上を覆い、日差しが遮られた。空気が、ひんやりと変わる。
「……静かだな」
エルザが呟いた。
その言葉に、ユイは足を止めた。
静か。
確かに、静かだ。
だが、それは心地よい静けさではなかった。
鳥の声がない。
虫の音もない。
風が木々を揺らす音だけが、森を満たしている。
「……前に来た時と、同じだ」
セイラが低く言った。
「この感じ。覚えている」
ユイは頷いた。
以前、この森を訪れた時も同じだった。生き物の気配が消え、静寂だけが残る。まるで、何かが森全体を支配しているかのような。
「警戒を強めろ」
ユイの声に、全員が頷いた。
隊列が引き締まる。カイルが盾を構え、エルザが影に溶け込むように気配を消した。セイラの手には、いつの間にか氷の粒子が漂っている。
「アイリス」
「分かってる」
アイリスが木々の間を縫うように飛び、前方を偵察に向かった。
残りの7人は、慎重に森の中を進む。
足元の落ち葉が、乾いた音を立てる。それ以外には、何の音もしなかった。
ユイは周囲を見回した。
木々は普通に見える。枯れているわけでも、異常があるわけでもない。だが、生き物がいない。
この不自然さ。
何かが、ここにいる。
あるいは、何かが近づいている。
「ユイさん」
カイルが小声で言った。
「嫌な感じがします」
「……ああ」
ユイは前を見据えた。
「だが、進む」
答えは、この先にある。
引き返すつもりはなかった。
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