第167話 依頼の重複
朝のギルドは、いつもより人が多かった。
受付前には冒険者たちが列を作り、掲示板の周りにも数人が集まっている。ユイは仲間たちと共に入口をくぐり、その喧騒を眺めた。
「今日は賑わってますね」
カイルが周囲を見回しながら言う。
「新しい依頼が出たみたいだよ」
アイリスが羽をはためかせ、掲示板の方を指した。彼女の情報収集能力は相変わらず早い。ギルドに入る前から、何かを掴んでいたのだろう。
ユイは黙って掲示板へ向かった。
人混みの隙間から、新しく貼られた羊皮紙が見える。他の依頼書より一回り大きく、目立つ位置に掲示されていた。
北の森周辺の異常調査。
報酬は金貨50枚。通常の調査依頼の3倍以上だ。
だが、詳細の欄には「現地にて確認」とだけ書かれている。
「報酬が高いですわね」
リリアが隣に立ち、依頼書を読み上げた。
「ですが、情報が少なすぎます。何の異常なのか、依頼主が誰なのかも明記されていませんわ」
「怪しいっちゃ怪しいよね」
アイリスが首を傾げる。
「でも、北の森って言ったら……」
その言葉に、ユイは小さく頷いた。
北の森。以前、クロウフォールが調査に向かい、撤退を余儀なくされた場所だ。あの時はカオスナイトと遭遇し、撤退戦を行った。全員が命からがら逃げ延びた。
「……戻る理由ができた」
ユイは静かに言った。
謎を追う。答えを探す。最下位だからこそ、誰も注目しない場所で動ける。この依頼は、その方針に合致している。
「受けるんですか?」
カイルが確認するように問う。
「ああ」
「了解です! 任せてください!」
カイルが力強く応じた。
「……妥当だ」
セイラが短く同意する。彼女もまた、北の森で何かを感じ取っていた。あの時の「見られている」という感覚を、セイラは今も覚えているはずだ。
「私も賛成ですわ。以前の調査では奥まで入れませんでしたもの」
リリアが頷く。
「あの時は撤退したけど、今なら……」
アイリスの言葉に、エルザが静かに続けた。
「……準備は、できている」
ハンスが無言で頷く。セリスも小さく拳を握った。
「頑張りましょう!」
8人の意思が揃った。
ユイは依頼書に手を伸ばした。羊皮紙の端を掴み、掲示板から外そうとする。
その瞬間だった。
「その依頼、俺たちも狙ってるんだが」
低い声が、背後から響いた。
ユイの手が止まる。
振り返ると、赤みがかった髪の男が立っていた。鋭い金色の瞳。胸元には炎を模した紋章。
レオン・ドラグナー。
世界クラウンランキング3位、ブレイズウォールのリーダーだ。
その背後には、3人の仲間が控えている。短い黒髪の副官ザークス、金髪の若い戦士フィン、黒髪で無精髭のグレン。
ギルド内の空気が、一瞬で変わった。
周囲の冒険者たちが道を開け、遠巻きに様子を窺っている。3位のクラウンと最下位のクラウン。その対比は、誰の目にも明らかだった。
「……レオン・ドラグナー」
ユイは静かに名を呼んだ。
「覚えていたか、最下位」
レオンの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。だが、その目は笑っていない。
「前に会った時は挨拶だけだったな。今日は違う」
彼の視線が、ユイの手にある依頼書へ向けられた。
「北の森の異常調査。俺たちも受けるつもりだ」
「……そうか」
ユイは短く応じた。
「先に手を伸ばしたのは俺たちだ。譲る気はない」
「譲れとは言っていない」
レオンが一歩近づく。
「だが、邪魔はするなよ。最下位が足を引っ張ると、面倒だ」
カイルが前に出ようとした。ユイが片手でそれを制する。
「……邪魔をするつもりはない」
「なら問題ない」
レオンはそう言って、視線をユイから外さなかった。
「だが、一つ聞いておく」
「何だ」
「お前たち、なぜこの依頼を選んだ」
ユイは答えなかった。
沈黙が流れる。周囲の視線が二人に集まる中、レオンは小さく鼻を鳴らした。
「答えない、か。まあいい」
彼は踵を返した。
「ザークス、受付で手続きを済ませろ。俺たちは先に出る」
「かしこまりました、レオン様」
ザークスが一礼し、受付へ向かう。
レオンは去り際、肩越しに振り返った。
「最下位。また会うことになりそうだな」
その言葉を残し、ブレイズウォールはギルドを出て行った。
静まり返っていたギルド内に、少しずつざわめきが戻る。
「……あいつ、何様だよ」
アイリスが小声で呟いた。
「3位のクラウンですわ。実力は本物です」
リリアが冷静に答える。
「でも、態度がでかすぎません?」
セリスが眉を寄せた。
ユイは依頼書を見つめていた。
同じ場所。同じ依頼。偶然とは思えなかった。
北の森で何かが起きている。それを察知しているのは、クロウフォールだけではない。
「……行くぞ」
ユイは依頼書を手に、受付へ向かった。
ブレイズウォールが先に出発した。だが、それは問題ではない。
重要なのは、あの森で何が起きているのか。
そして、なぜ今、この依頼が出されたのか。
答えは、現地にある。
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