第165話 3位が笑う
レオンたちが去った後も、クロウフォールの8人は掲示板の前に立っていた。
周囲の冒険者たちの視線を感じる。最下位のクラウンが3位のリーダーに絡まれた。その場面を見ていた者は多い。
「ユイさん、大丈夫でしたか」
カイルが心配そうに言う。
「問題ない」
「でも、あの人、結構睨んでましたよね」
「睨まれただけだ」
「えっ、すごいじゃん」
背後から、聞き覚えのある軽い声がした。
全員が振り返った。
ぼさぼさの茶髪に、無精髭。くたびれた革鎧。いつも少し笑っているような顔。
ゼック・アッシュ。ラスティの古参メンバー。氷洞で会った、道化のような男だ。
「レオンに睨まれて震えなかったの、ちょっと怖いんだけど」
「ゼックか」
「おっ、覚えててくれた。嬉しいなあ。あ、俺には関係ない話だけど」
ゼックは掲示板を見上げた。
「相変わらず最下位か。でも態度は最下位じゃなかったね。なんでお前らそんなに堂々としてんの?」
「氷洞の時と同じ質問だな」
「あー、そうだっけ。俺、同じこと何回も聞くタイプなんだよね」
ゼックはクロウフォールの面々を見回した。
「お、全員揃ってるじゃん。カイルくん、筋肉減ってない? 大丈夫?」
「減ってないです」
「よかったよかった。筋肉好き同士、仲良くしようね」
カイルが困惑した顔をする。
ゼックの視線がセイラに向いた。
「あ、セイラちゃん。久しぶり。元気だった? 氷洞の時、話しかけても全然反応してくれなかったよね。今日はどう? 少しくらい話してくれる?」
セイラは完全に無視した。視線すら向けない。
「……えっ、今日もダメ? マジで? 一言くらいいいじゃん」
沈黙。
「あー、はいはい。分かった分かった。また次ね」
ゼックは一人でフォローして、肩をすくめた。
アイリスが小さく笑った。
「相変わらずだね、ゼックさん」
「おっ、アイリスちゃんだけは拾ってくれる。優しい。好き」
「それはどうも」
ゼックはユイに向き直った。
「で、さっきの話。レオンだよ? 3位のリーダー。ブレイズウォールの頭。戦闘力だけなら王都でもトップクラス」
「知っている」
「知ってて睨み返したの? えっ、やっぱ怖いわ」
ゼックは両手を上げた。
「俺たちラスティは4位。お前らは最下位。順位だけ見れば、俺が上。でもさ、レオンはお前を覚えた。名前まで」
「そうらしいな」
「3位のリーダーが、最下位のリーダーの名前を覚えた。えっ、それって結構すごくない?」
リリアが静かに言った。
「レオン・ドラグナーは、実力主義の人だと聞いていますわ。弱い相手には興味を示さない」
「そうそう、リリアちゃん正解。レオンは単純な奴だよ。強い奴には敬意を払う。弱い奴は無視する。でも、ユイは弱いのに無視されなかった」
「弱くない」
ユイが短く言った。
「あ、そう?」
ゼックの目が、一瞬だけ鋭くなった。
氷洞でも見た目だ。笑顔のまま、目だけが違う。場の空気を全部読んでいる目。道化を演じながら、何もかも把握している目。
すぐに、いつもの緩い表情に戻った。
「まあいいや。俺には関係ない話だ」
「ノアは」
「ん? ノア? いるよ、ギルドのどっか。多分遠くから見てる。あいつ、人混み苦手だから」
ユイは周囲を見回した。確かに、ギルドの隅の方に黒い短髪の細身の人影が立っている。灰色の瞳がこちらを見ていた。
ノア・クレイン。ラスティの現役エース。氷洞でもユイの動きだけを無意識に目で追っていた。
「で、空白の地点、行ってきたんでしょ」
ゼックが言った。
「どこでそれを知った」
「だから何回も言ってるじゃん。情報網。王都で起きたことは、大体ラスティの耳に入る」
「15本の柱があったってことも?」
「まあね。ナオミさんが興味持ってたよ。『やはりあの場所か』って」
リリアの表情がわずかに動いた。師匠の名前が出たからだ。
「一つ聞く」
ユイが言った。
「なに」
「レオンは、私をどう見ている」
ゼックは少し考えた。
「敵じゃないね。でも、無視もできない。多分、観察対象ってところかな」
「観察対象」
「そう。レオンは単純だけど、馬鹿じゃない。お前の目が普通じゃないって、気づいてる」
「普通じゃない」
「弱者の目じゃないって、さっき言ってたでしょ。あれ、本音だよ」
ゼックは背を向けた。
「じゃあね、クロウフォールの皆さん。また会うよ、多分」
「待て」
「なに」
「お前も、私を観察しているのか」
ゼックは振り返らずに笑った。
「俺? 俺はただの暇人だよ。半引退の元Aランク。今は錆びたまま動き続けてるだけ」
「氷洞の時も、私の経歴を言い当てた時、笑みが固まっていたな」
ゼックの足が止まった。
「……鋭いって、前も言ったでしょ」
「お前は道化を演じている。だが、全部把握している」
「やめてよ、そういうの。怖いから」
ゼックは振り返った。
いつもの笑顔。だが、目だけが違う。
「あなたが一番怖いよ、ユイ・セイラス。なんでそんなに全部見えてんの? 疲れない?」
その言葉を残して、ゼックは人混みに消えていった。
クロウフォールの8人が残された。
カイルが呟いた。
「あの人、いつも掴みどころがないですよね」
「……道化だ」
セイラが初めて口を開いた。
「道化を演じながら、全部見ている」
ユイは頷いた。
3位のレオン。4位のゼック。どちらも、クロウフォールを見ている。
「帰るぞ」
ユイが言った。
ギルドを出る。空は晴れている。
レオンの言葉が頭に残っていた。
「また会おう。次は、何をしているか見てみたい」
去り際に、レオンはそう言った。嘲笑ではなかった。純粋な興味だった。
最下位のクラウンが、上位クラウンのリーダーたちの興味を引いた。
それが何を意味するのか、まだ分からない。
だが、悪いことではない。
8人は拠点へ向かって歩き始めた。
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