第164話 掲示板の前
冒険者ギルドの中央広場。
大きな掲示板が立っていた。木製の枠に、羊皮紙が何枚も貼り付けられている。
「世界クラウンランキング」
ユイは掲示板の前に立った。
3ヶ月ごとに更新される公式ランキング。クラウンの活動実績を数値化し、順位を決める。戦闘実績、貢献度、危険地帯調査、情報提供、未知脅威対応。5つの評価軸で合計500点満点。
上から順に目を通す。
1位。アイアンクロス。王都ティリアス。王都最古参にして最大規模。戦闘実績と貢献度で圧倒的な首位を維持している。
2位。シルバーファング。拠点不明。幻モンスターと封印の調査に特化した謎のクラウン。情報提供と危険地帯調査の得点が断トツ。
3位。ブレイズウォール。王都ティリアス。純粋な戦闘力特化の荒くれ集団。戦闘実績だけで3位を維持している。
4位。ラスティ。王都ティリアス。老舗クラウン。王都裏の情報網と独自ルートを持つ。
5位。グリーンヴェイン。エルフラン森林都市。自然魔法と治癒に長けたエルフのクラウン。
6位。フレイムスパイク。ドラゴニア山脈。炎属性と空中戦に特化したドラコニアの集団。
7位。ナイトシャドウ。ナイトフォール峡谷。諜報と暗殺に特化。シャドウキンで構成されている。
8位。スカイウィング。フェアリス・フライア空中都市。空中偵察と機動力に特化。
9位。ストーンフォート。地下都市・岩山地帯。拠点防衛と要塞戦に特化。ドワーフとゴーレムで構成。
そして。
最下位。クロウフォール。王都ティリアス。
ユイは自分たちの名前を見つめた。
評価は5項目すべてで最低圏。戦闘実績はほぼゼロ。貢献度もゼロ。危険地帯調査と未知脅威対応にわずかな点数が付いているが、それでも最下位だった。
「これが、今の俺たちの位置か」
低く呟く。
「おい」
背後から声がかかった。
重い足音。複数。ユイは振り返った。
3人の男たちが立っていた。先頭の男は大柄で、肩幅が広い。赤みがかった髪と、鋭い金色の瞳。胸元には炎を模した紋章。
ブレイズウォール。
3位のクラウンだ。
「お前か。クロウフォールのリーダー」
先頭の男が言った。声は低く、威圧感がある。
「そうだ」
「俺はレオン・ドラグナー。ブレイズウォールのリーダーだ」
レオン・ドラグナー。ドラコニアの血を引く戦士。3位クラウンを率いる男。前世でも名前を聞いたことがある。純粋な戦闘力なら、王都でも指折りの実力者だ。
「知っている」
「知っている、だと?」
レオンの目が細くなる。
「最下位のくせに、俺を知っているのか」
「3位のクラウンのリーダーだ。知らない方がおかしい」
レオンの後ろにいた男たちが、低く笑った。
「口だけは達者だな」
「最下位なのに、態度だけは一人前だ」
レオンが手を上げ、仲間を黙らせた。
「お前、名前は」
「ユイ・セイラス」
「ユイ・セイラス」
レオンが名前を繰り返した。品定めするような視線がユイを上から下まで舐める。
「女か。しかも若い。18か19か」
「18だ」
「18で最下位のクラウンのリーダー。笑わせる」
「笑えばいい」
ユイは表情を変えなかった。
レオンの笑みが、わずかに消える。
「反論しないのか」
「事実だからな。最下位なのは」
「開き直りか」
「違う」
ユイは掲示板を指差した。
「ランキングを見ろ。9つのクラウンが並んでいる。王都だけじゃない。エルフラン、ドラゴニア山脈、ナイトフォール峡谷、空中都市、地下都市。世界中のクラウンが評価されている」
「だから何だ」
「俺たちは結成したばかりだ。実績がないのは当然だ。だが、それがどうした」
レオンが一歩前に出た。
「最下位が偉そうに語るな」
「偉そうにしているつもりはない」
「じゃあ何だ」
「事実を言っているだけだ。ランキングの順位を上げることが、俺たちの目的じゃない」
レオンの目が鋭くなる。
「目的じゃない、だと?」
「お前たちは戦闘実績で3位を維持している。純粋な戦闘力で勝負している。それは正しい」
「当然だ」
「俺たちの目的は違う。だから、評価軸も違う」
「何が目的だ」
「言う必要はない」
レオンの顔が歪んだ。
周囲の空気が張り詰める。ギルドのホールにいた冒険者たちが、こちらを見ている。最下位のクラウンと、3位のクラウン。誰もが、この場の緊張に気づいていた。
レオンが低く唸った。
「お前、度胸だけはあるな」
「そうか」
「普通なら、俺の前で目を逸らす。最下位のリーダーが3位のリーダーに睨まれたら、大抵は震える」
「震える理由がない」
「理由がない、か」
レオンがユイを見つめた。
長い沈黙。
やがて、レオンが小さく笑った。
「面白い」
「何が」
「お前の目だ。弱者の目じゃない」
ユイは答えなかった。
レオンが踵を返す。
「覚えておく。ユイ・セイラス」
「覚えなくていい」
「いや、覚える」
レオンは振り返らずに言った。
「最下位のくせに、俺を見上げなかった奴は初めてだ」
仲間と共に去っていく。足音が遠ざかる。
ユイはその背中を見送り、再び掲示板を見た。
最下位。クロウフォール。
見下された。だが、それでいい。
「最下位だから、見える」
低く呟く。
最下位のクラウンを、誰も警戒しない。誰も注目しない。
だからこそ、自由に動ける。
空白の地点への遠征。15本の柱。シャドウ・ヴェールの痕跡。あの調査を誰にも邪魔されずに行えたのは、クロウフォールが最下位だったからだ。
上位のクラウンは常に監視されている。アイアンクロスが動けばギルドが反応する。ブレイズウォールが依頼を受ければ他のクラウンも注目する。
だが、最下位は違う。
誰も見ていない。誰も気にしない。
「弱いと思われている」
それは、武器になる。
掲示板の最下位に並べられた「クロウフォール」という名前。誰もがまず見て、次に「弱い」と判断する。だから、見える。
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