第163話 帰路の会話
王都に戻ったのは、日が落ちてからだった。
拠点の扉を開けると、馴染んだ空気が迎える。8人が順に中へ入り、荷物を下ろした。
「食事にしよう」
ユイが言った。
食堂に全員が集まる。セリスとリリアが簡単な料理を用意し、テーブルに並べた。パンと干し肉、温かいスープ。質素だが、遠征帰りには十分だった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
食べながら、それぞれが考えている。15本の柱。読めない文字。消えた冒険者たち。そして、白紙の紙。
カイルが最初に口を開いた。
「あの紙、どうしますか」
ユイは懐から紙を取り出し、テーブルに置いた。
折りたたまれた白紙。広げても、何も書かれていない。
「調べる方法はあるか」
リリアに問う。
「いくつか試せますわ。魔力反応は確認しましたが、他にも方法があります。特殊なインク、光に反応する文字、条件で浮かび上がる術式」
「時間は」
「数日いただければ」
「頼む」
リリアが紙を受け取った。
アイリスがスープを啜りながら言う。
「でも、本当に何も書いてないかもしれないよね」
「その可能性もありますわ」
「だとしたら、何のために置いたんだろ」
「メッセージだ」
ユイが答えた。
「何も書かないことが、メッセージになる」
「どういう意味ですか」
カイルが聞く。
「分からない。だが、意図的に置かれていた。見つけてほしかったんだ」
沈黙が落ちる。
ハンスが低く言った。
「……管理していた者がいた。俺たちが来る前に消えた」
「シャドウ・ヴェールですか」
カイルの問いに、ユイは頷いた。
「可能性が高い。だが、確証はない」
エルザが短く言った。
「……今は、情報が足りない」
「そうだ。焦っても仕方ない。分かることから調べていく」
カイルがユイを見た。
「ユイさん」
「何だ」
「あの柱、15本ありましたよね。で、幻モンスターも15体。カオスナイトの名前が読めた」
「ああ」
「他の柱も、いつか読めるようになるんですかね。戦ったら、読めるようになるのかなって」
ユイは一瞬、言葉を止めた。
11本目の柱。あの名前を、自分だけが読めた。仲間には言っていない。
「……かもしれない」
短く答えた。
セイラが、ユイを見ていた。
スープの椀を持ったまま、動きが止まっている。何も言わない。ただ、静かに見ている。
その視線に気づいたが、ユイは目を逸らさなかった。
セイラは何かを感じている。ユイが全てを話していないことに。
7本目のカオスナイトは全員が読めた。戦ったことがあるから。
だが、他の柱を見ている時、ユイの足が一度だけ止まった場所があった。11本目の前で。
セイラはそれを見ていた。
だが、追及はしない。
セイラが視線を外し、スープを飲んだ。
「……謎を知ることは、力を得ることだ」
低い声。独り言のようだった。
「何を知るべきかが分かれば、何を探すべきかも分かる」
リリアが頷いた。
「そうですわね。今回の遠征で、問いが明確になりました」
「問い」
「15本の柱は何か。シャドウ・ヴェールは何をしているのか。消えた冒険者たちはどこへ行ったのか。白紙の紙は何を意味するのか」
「答えは」
「まだありません。でも、問いがあれば探せますわ」
カイルが拳を握った。
「俺、守ります」
唐突な言葉に、全員の視線が向く。
「答えを探す間、俺が守ります。ユイさんも、みんなも」
「カイル」
「俺は前衛です。考えるのは得意じゃない。でも、守ることはできます」
真っ直ぐな目。
ユイは小さく笑った。
「頼りにしてる」
カイルの顔が少し赤くなった。
リリアが穏やかに言う。
「私はユイの判断に従いますわ。今までもそうでしたし、これからも」
「リリア」
「信じていますから」
その言葉が、ユイの胸に刺さった。
信じている。全てを話していないのに。11本目の柱のことを隠しているのに。
セイラが立ち上がった。
「……先に休む」
それだけ言って、食堂を出ていく。
扉が閉まる直前、セイラが一度だけ振り返った。
ユイと目が合う。
一瞬だけ。
セイラの目は、何も責めていなかった。ただ、待っている。ユイが話す時まで。
扉が閉まった。
ユイはその背中を見送った。
セイラは気づいている。ユイが何かを隠していることに。だが、追及しなかった。
その信頼が、重かった。
「俺たちも休むか」
ハンスが立ち上がる。
「ああ。明日から、調査を始める」
全員が席を立ち、それぞれの部屋へ向かう。
ユイは最後に残った。
窓から月明かりが差し込んでいた。
11本目の柱。あの名前。
前世で戦う前に、時を遡った。あの存在との戦いの最中に、38歳のユイはいた。決着はついていない。
いつか、仲間に話す日が来るのか。
それとも、話さないまま、その時を迎えるのか。
分からない。
だが、今は8人でいる。
カイルは守ると言った。リリアは信じていると言った。セイラは、待っていると言わなかったが、待っている。
それだけで、前に進める。
月が窓を照らしていた。その光の中で、ユイは何かを決めたように見えた。
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