第162話 表の忠誠
上司の部屋。
薄暗い空間に、魔法の明かりがひとつだけ灯っている。深いフードに顔を隠した上司が、椅子に座っていた。
ザインは扉の前で立ち止まり、一礼した。
「報告があります」
「入れ」
ザインは部屋に入り、扉を閉めた。手元の報告書を開く。自分で作成し直したものだ。空白の地点への到達は、記載していない。
「クロウフォールの動向について。王都周辺での活動を継続中。装備の強化を行い、遠征の準備を進めている様子です」
淡々と読み上げる。嘘ではない。ただ、最も重要な情報を削除しただけだ。
「以上です」
沈黙が落ちる。
「引き続き監視を続けろ」
「了解しました」
ザインは一礼し、部屋を出た。
廊下を歩く。角を曲がり、人気のない通路へ入る。奥の小部屋に、二つの影が待っていた。
ミラとドレイク。裏切り派の仲間だ。
ミラが小さく笑う。
「上手くいったようね」
「ああ。疑われていない」
ザインは扉を閉めた。
ドレイクが低く問う。
「……クロウフォールの件、本当に隠すのか」
「隠す」
ザインは断言した。
「空白の地点に到達し、全員が生還した。他の冒険者は確保されたのに、あの8人だけが戻ってきた」
ミラが腕を組む。
「誰かが見逃したのかしら。それとも、手を出せなかったのか」
「どちらにしても、異常だ」
ザインは壁に寄りかかった。
「あの場所は組織が管理している。定期的に観察者を送り、到達した者は確保する。それが手順だ」
「なのに、クロウフォールは無傷で帰った」
ミラの目が細まる。
「興味深いわね」
ザインは頷いた。
ユイ・セイラス。18歳。だが、動きが違う。判断が速い。まるで何十年も戦場を歩いてきた者のようだ。
カオスナイト戦で、ザインは上司派の精鋭10人を殺した。連携を崩し、孤立させ、カオスナイトに殺させた。組織の主力を削るために。
だが、ユイたちは逃げ切った。8人全員が、無事に撤退した。
「あの女には、何かがある」
ザインが低く言う。
「それを、上に報告する気はない」
ドレイクが眉を上げた。
「……独占するつもりか」
「そうだ」
ザインは壁から離れた。
「封印の解除を急ぐ。北の森の封印は緩んでいる。赤目の魔物が出始めた。あれは序章に過ぎない」
ミラが頷く。
「古代種が目覚めれば、世界は混乱する。その混乱に乗じて、組織を掌握する。計画通りね」
「だが、上司はまだ健在だ」
ドレイクが低く言う。
ザインは冷たく笑った。
「ガルスを失い、精鋭10人を失った。上司派の戦力は半減した。だが、まだ足りない」
「次の一手は」
「封印を、さらに緩める」
ザインは懐から小さな水晶を取り出した。
「東の山脈の封印。あそこにも、同じ紋章がある。次はあそこを狙う」
ミラが目を輝かせる。
「複数の封印を同時に緩めれば、幻モンスターの活性化が加速するわね」
「そうだ。世界が混乱すれば、組織は対応に追われる。その隙に、上司を排除する」
ドレイクが静かに頷いた。
「……仲間は増やせるか」
「増やす」
ザインは断言した。
「中立派の中にも、上司のやり方に不満を持つ者がいる。レイナやユーリは使えないが、他にもいる」
ミラが笑う。
「あの老いぼれ、いつまでも権力にしがみついているものね」
「だからこそ、引きずり下ろす」
ザインの目が鋭く光る。
「組織を、俺の手に収める。封印を解き、世界を混乱させ、新しい秩序を作る」
沈黙が落ちる。
やがて、ミラが口を開いた。
「ユイ・セイラスは、どうするの」
「観察を続ける」
ザインは水晶を懐にしまった。
「あの女には、何かがある。組織には報告しない。俺が、独自に追う」
「個人的な興味?」
「本能だ」
ザインは扉に向かった。
「理由は後から見つければいい。今は、動くことが先だ」
ミラとドレイクが立ち上がる。
「次の指示は」
「東の山脈の調査。封印の状態を確認しろ。俺は、別の件を進める」
「了解」
ミラが頷き、ドレイクも無言で従う。
三人は小部屋を出て、それぞれの方向へ散っていった。
廊下で一人になったザイン。
目は決意に満ちている。
組織への忠誠は、もはや意味を持たない。上司も、組織も、すべては踏み台に過ぎない。
世界を混乱させ、その頂点に立つ。
それが、ザインの野望だった。
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