第160話 丘から見ていた者
帰路は長かった。
王都ティリアスへ向かう道を、8人が無言で歩いている。来た時と同じ踏み跡。同じ草原。だが、空気は違っていた。
誰も口を開かない。
カイルは時折後方を振り返り、エルザは最後尾で気配を探っている。
ユイは列の中央を歩いた。
懐に白紙の紙がある。15本の柱。読めなかった文字。答えは何一つ出ていない。
だが、最も重いのは別のことだ。
11本目の柱。
あの名前を、自分だけが読めた。仲間は誰も気づいていない。
言えなかった。
言わなかったのではない。言えなかった。あの名前を口にすれば、何かが動き出す。そんな予感があった。根拠はない。ただの直感だ。
だが、前世の記憶がその直感を裏付けている。
あの存在との戦いの最中に、自分は20年前へ戻った。決着はついていない。何度倒しても再生する相手だった。今世で、いつか再びあの名と向き合う日が来るのか。
それは分からない。分からないまま、歩く。
「……ユイ」
セイラの声だった。
隣に並ぶ。白い息が口元から漏れる。氷の気配が、常よりわずかに濃い。
「何だ」
「見られている」
短く、低く。
ユイは足を止めなかった。
「ああ。広場を出てからずっとだな」
「感知には引っかからない。だが、確かにいる。草原の向こうか、丘の上か。どこかから」
「姿は」
「見えない。でも、目がある。ずっと、こちらを見ている」
セイラの感覚は鋭い。本能的に危険を察知する力がある。その彼女が「見られている」と言うなら、確実に誰かがいる。
だが、仕掛けてこない。ただ、見ている。
それが逆に不気味だった。
「追うか」
「無意味ですわ」
リリアが後ろから言った。
「相手は私たちの動きを知っている。追えば逃げる」
全員が分かっている。見られている。だが、手出しはできない。
「広場のこと、拠点に戻ったら話し合いますか」
「ああ。後でだ」
短く答える。カイルは頷いた。「後で」という言葉に、疑問は挟まなかった。
全員がそうだ。ユイが何かを抱えている。それは分かっている。だが、追及しない。今は歩く。王都に戻り、拠点で落ち着いてから話す。それだけで十分だった。
信頼。その一言が、8人の沈黙を支えている。
ユイは前を向いた。仲間の背中が見える。降下するカラス。統一防具に刻まれた紋章が、夕陽に照らされて光る。
丘を越える。遠くに王都の城壁がかすかに見えた。あと1日で戻れる。
だが、視線は消えない。ずっと背中に感じている。
ユイは振り返らなかった。振り返っても、姿は見えない。
誰かが、自分たちを見ている。それが誰で、何を目的としているのか。今は分からない。
だが、いずれ分かる時が来る。
丘の上に、一つの影があった。
木立に身を潜め、8人の姿を見下ろしている。黒いローブ。深いフード。手には小さな手帳が握られている。
観察者は、迷いのない動きで書き込みを続けた。
クロウフォール。空白の地点に到達。8人全員が生還。滞在時間、約2時間。何かを持ち帰った形跡あり。
ペンが止まる。
あの少女。ユイ・セイラス。
記録によれば18歳。だが、歩き方が違う。警戒の仕方が違う。仲間への指示の出し方が違う。
まるで、何十年も戦場を歩いてきた者のようだ。
年齢と動きが、一致しない。
観察者は手帳を閉じ、丘を下りる。
この情報は、上へ届けられる。そして、誰かがこの記録を読み、何かを判断する。
丘の上で、観察者の目が光った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




