第159話 紙には何も書かれていなかった
全員が広場を出る準備を始めた。
来た道を戻る。木立の境目を越え、踏み跡を辿る。先頭はアイリス、最後尾はエルザ。ユイは中央を歩いた。
広場を出る瞬間、ユイは一度だけ振り返る。
15本の柱。灰色の石が等間隔に並び、影を落としている。そのうちの1本に、視線が止まった。
11本目。
あの柱に刻まれた名前を、自分だけが読めた。
仲間は誰も読めなかった。読めたのは7本目のカオスナイトだけだ。あれは全員で戦った相手だったから、全員が読めた。
だが、11本目は違う。
ユイは表情を変えなかった。何も言わない。ただ、ほんのわずかに長く、その柱を見つめた。
「ユイ」
エルザの声で我に返る。
「……行くぞ」
短く答え、前を向いた。
木立の中を進む。来た時と同じ踏み跡。木の間から差し込む光が足元を照らす。誰も口を開かない。
白紙の紙。読めない文字。管理の痕跡。消えた冒険者たち。
答えは何も出ていない。分かったのは、この場所が重要だということだけだ。誰かが守っているのか、利用しているのか、それすら分からない。
「ユイさん」
リリアが横に並ぶ。
「あの紙、何か仕掛けがあると思いますか」
「分からない。魔力反応はなかった」
「ええ。私も確認しましたわ。何も感じませんでした」
「だが、意図的に置かれていた」
「そうですわね。折りたたんで、挟んで、私たちが見つけるように」
リリアは少し考え、続ける。
「書かないことが意味を持つ、と先ほど申しましたが」
「ああ」
「もう1つ可能性がありますわ」
「何だ」
「私たちには読めないだけ、という可能性ですわ」
ユイは歩みを止めない。
「柱の文字と同じか」
「はい。柱の文字は読めませんでした。でも、カオスナイトの名前だけは全員が読めた。戦ったことがあるから」
「つまり、あの白紙も」
「条件を満たせば読めるのかもしれません。今の私たちには、その条件が分からないだけで」
白紙に見えているだけで、実際には何かが書かれている。
読むための条件がある。
柱と同じ仕組みなら、何かを知る者にだけ読める。
だが、何を知ればいい。
「考えても仕方ないですわね。今は情報が足りません。王都に戻ってから調べましょう」
「ああ」
木立を抜ける。視界が開け、草地が広がった。遠くに丘の稜線。空は薄曇りだ。
「村まで戻るか」
アイリスが振り返る。
「いや。直接王都へ向かう」
「了解」
方向を変え、歩き出す。
村を経由する必要はない。得られる情報は得た。これ以上ここにいても、新しいことは分からない。
帰路は静かだった。
重苦しい沈黙ではない。それぞれが考えている。見たものを整理している。
カイルが時折、後方を振り返る。
「どうした」
「いえ……なんとなく、見られている気がして」
「気配はあるか」
「分かりません。ただの気のせいかもしれません」
セイラが低く言う。
「……私も感じている」
「何か」
「分からない。感知に引っかからない。だが、空気が違う」
エルザも周囲を見回す。
「姿は見えない」
「追ってきているのか」
「分からない。ただ、広場を出てからずっと、何かがある」
全員が足を止めた。
草原が広がる。丘の向こうに空。動くものはない。
だが、確かに何かがいるような感覚。
視線。
観察。
見られている。
ユイの胸の奥で、静かに警戒が強まる。
「……行くぞ」
立ち止まっても状況は変わらない。
「王都まで戻る」
全員が頷き、再び歩き出す。
夕暮れが近づいていた。空が茜色に染まり、8人の影が長く伸びる。
ユイは仲間の背中を見渡した。
8人。カイル、リリア、アイリス、エルザ、セイラ、セリス、ハンス。そして自分。
全員がいる。
誰も欠けていない。
それだけで、今は十分だ。
前を向く。
懐に、白紙の紙がある。
何が書かれているのか分からない。あるいは、本当に何も書かれていないのかもしれない。
だが、誰かが置いた。
クロウフォールが来ることを知り、見つかるように。
メッセージ。
何のメッセージかは分からない。
分からないまま、持ち帰る。
胸の内に、白紙の意味が重く残る。
11本目の柱。
あの名前の先に、何があるのか。
まだ分からない。
だが、歩き続ける。
8人で。
第19章 完
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